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07-93 熊野古道 小辺路を歩く<第1日> 高野山~野迫川温泉

<写真をクリックすると拡大します>
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平成19年8月20日
今年のメイン・イベントとして、永年の念願でした熊野古道の小辺路(全コース)・中辺路(一部)を、一週間かけて歩いてきました。
高野山をスタートに、熊野本宮大社を経て、熊野那智大社・熊野速玉大社まで100Kmの山旅です。

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 小辺路(こへち)の第1日目は、高野山成福院での勤行から始まりました。
早朝の荘厳な読経の中で、無事100Kmを歩き、新宮の熊野速玉大社までたどり着けることを祈り続けていました。
宿坊や商店の賑わう参道から、金剛三昧院に向う道が小辺路の入口です。三昧院沿いの道は、早くも杉木立が鬱蒼とし熊野古道の雰囲気が漂っています。

Dscn9848暫くは、歩き易い林道が続きます。出発から一時間半で薄峠。ここまではクルマが入った跡がありますが、ここから山道らしくなります。
御殿川を渡ると大滝村の集落。休憩所の溢れる水道とウォーシュレット・トイレに感激。
暫し休憩の後、道標に従い民家の庭先を抜け、再び山道に入ります。

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初日の為、熊野古道がどんなものか、未だ理解に至っていません。
林道や山道を歩き、山村の集落や人家の軒先を抜け、何となく分かりかけたところで立派なハイウェイにぶつかりました。それから一時間、真夏の炎天下、クルマが疾走する歩道の無い高野竜神スカイラインを歩かされました。
更にそこからも、立派な舗装道路の林道タイノ原線を歩かされます。
自動車道路で熊野古道をズタズタにしたこの部分は、小辺路の評判を落としている最悪の熊野古道です。

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正に昭和が、破壊の時代であったことを実感しました。
まさか、中世の古道が世界遺産に登録されるとは誰も考えてもいなかったのですから、仕方がないといえば言えますが、便利さを求め古いものを壊して行った昭和の現実を見た思いです。
このスカイラインで、足を痛めた上、炎天下ですっかりバテてしまいました。
思いも寄らない、ハイウェイ沿いの立派な村営レストランを発見。
水を浴びるように飲み、やっと一息つきました。

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所々、林道タイノ原線に沿って僅かばかりの古道が残されています。そんな杉林の山道が、延々と続いていたことを想像しながら歩きます。
車道から山道に、山道から車道へと繰返しながら行きます。山道は世界遺産登録ですが、車道は世界遺産からは外されています。

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間もなく眼下に、大股の集落が現われました。疲れた体に鞭打ち、一気にバス道まで下ります。
携帯が使えないので、バス停前の公衆電話から宿に電話。
明日の登山口を調べていると、迎えのクルマが到着。野迫川温泉に直行しました。
炎天下の山歩きの後だけに、温泉の心地好さとビールの旨さに感激です。
この旅は、温泉とビールがいかに夏の熊野古道の楽しみであるかを、お知らせすることになりそうです。
かくして、小辺路第1日目が終了しました。

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熊野古道 小辺路を歩く<第2日> 野迫川温泉~伯母子岳~三浦(川津)

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平成19年8月21日(火)
 朝風呂に入り、周辺の神社・寺を散策。どこも人の気配のない、深山の静けさそのものです。
朝食後早速、昨日の登山口まで宿のクルマで送ってもらい、朝日の中を登りはじめました。
天気が良いのは有難いですが、今日も暑くなりそうです。
今日の難所は、伯母子岳1344mの山越えです。

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早くも、集落の道は急坂となり、大股の集落も眼下となります。
登るにつれ、周囲の山なみが広がり熊野の山深さが感じられてきました。

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間もなく、菅小屋跡の平地に到着。この小辺路山中には、かつてはこのような茶屋や旅籠が点在し、旅人のオアシスとなっていました。
今はどこも、自然の中に小屋跡の僅かな空間が残るだけで、「クマに注意」の看板が目立つ深い山の中となってしまいました。
小辺路は、伊勢から熊野三山を巡り奈良・京都に向う最短のメインルートでしたが、その歴史を知らなければ、当時の賑わいを感じることは不可能です。

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頭上の炎天も杉林に遮られ直射日光は当たりませんが、暑さには変わりません。
風も無く、汗で体はビッショリです。ところどころ崩壊や細い崖沿いの道もありますが、迷うようなところはなく、歩き易い山道が続きます。
急坂を登り桧峠を越えると、いよいよ伯母子岳に取り付きました。
厳しい急坂を登り切ると、山頂からの素晴らしい展望が待っていました。

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夏空の下には深い熊野の山々が重なり、護摩壇山(1371m)が眼前です。
護摩壇山は、落ち延びた平維盛(平清盛の嫡孫)が、高野山を経て逃れてきた時に平家の命運を護摩を焚いて占ったと言う伝説から名付けられたものです。
付近には「平維盛歴史の里」(野迫川村)や墓(十津川村五百瀬)などの史跡がありますが、残念ながら今回はカットです。

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伯母子峠の山小屋前で早い昼食。その後暫く、樹林の下を楽しみながら下ります。
一時間程で上西家跡。石垣が残る広い茶屋跡からは、木々の間から山々を望むことが出来、一息付くには良いところです。
当時の旅人は、お茶を飲み団子を食べながら、茶屋の主人に次の道を尋ねたり、お邦話に花を咲かせたことでしょう。今は、苔むした空地があるだけです。

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鬱蒼とした杉林の道を下ること一時間程で、弘法大師が鎮座する祠に到着。祠は新しいものですが、石仏と石碑は風化が進み年代を感じさせます。その案内板にある「弘法の封じ水」伝承は意味不明です。
ここで、たっぷり休憩を取り、小辺路の雰囲気に浸りました。
樹林に覆われた広い空間とさわやかな風に、真夏の暑さを忘れます。

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そこからの急坂は石を敷いたところもあり古道の面影が出てきましたが、歩き辛く思いもよらず時間も掛かりました。
旧松平屋敷跡・関所跡・寺跡等の伝承のある待平に来た頃は、バスの時間に迫られゆっくり見る時間もありません。弘法大師の祠で、休み過ぎたことを後悔しました。
汗を拭うのも惜しんで、急坂を一気に下りました。

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三浦の登山口には、既に大型バスが今は遅しとわれわれの下山を待っていました。
この三浦には宿も交通の便もないため、町役場にクルマの予約をしておく必要があります。
宿のある川津は、バスで15分ほど行った下流にあります。
宿は静かなダム湖畔にあり、湖面は夏の陽を浴びて輝いていました。
早速、宿の洗濯機を借りて2日分の洗濯をしました。
未だ、陽は高いですが遣ることもないので、風呂に入りのんびりとビールを飲んで寛ぎました。
今日の厳しかった登山も、こうなると楽しい想い出です。
かくして、小辺路第2日目が終了しました。

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熊野古道 小辺路を歩く<第3日> 川津~三浦岳~十津川温泉

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平成19年8月22日(水)
 町営バスで青空の下を出発。今日も、素晴らしい快晴です。
三浦峠の登山口で下車。人家の間を抜け吊橋を渡ると、やがて山路となります。
小辺路は山村の人々の生活の場であり、集落の中では玄関前や庭の隅を通らせて貰います。

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散在する人家が終わると本格的山道となり、棚田がありました。<冬・水・田んぼ>実践者としては、田んぼは気になる存在です。

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そこからは、僅かですが立派な石畳が残っています。
かつての小辺路には、このような石畳の道が続いていたのでしょうか。

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間もなく、吉村家跡の防風林にさしかかりました。
小辺路の名所の奇景で、樹齢数百年と言われる巨大杉です。
今では全山が植林された杉林で覆われていますが、かつての小辺路はこのような巨大杉が密生していたのではないでしょうか。
これらの杉は奇形であった為に、建材にならないので伐られずに済んだのでしょう。

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暫く登りますと、三十丁の水。この冷たい水で、生き返りました。
山の水場ほど、嬉しいものはありません。そして何より嬉しいのが、この晴天です。
雨に降られることばかり、気にしていましたので、暑さは全く気になりません。
暑いほど、一層今宵の温泉とビールが楽しみとなります。

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出発から3時間、かなり山中深く分け入ったと思ったら、突如、林道に出てガッカリ。
そこが、三浦峠でした。そこの東屋で昼食。
ここで小辺路案内の為、下見に来ていた「語り部」夫妻と出会ったのが、唯一の山中での人影でした。

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快適な樹林の道を行きますと、古屋倉跡に出ます。
年代を表す苔むした石仏があるだけで、茶屋跡の面影さえありません。
少し下ると明治43年まで茶屋・旅籠があったと言う出店跡を通ります。
周辺には昭和20年末まで水田があり、豊かな田園風景があったとの案内板がありますが、その雰囲気は全くありません。

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道が2手に分かれたところで、旧道を行くと五輪塔、観音堂と続きます。観音堂には3体の石仏が祀ってあり、中央には艶かしい観音像が安置してあります。
その美しさに、思わず見惚れてしまいました。

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かなり下り、眼下に集落が見え始めました。
やがて廃屋の民家の庭の中を通り、階段を下るとアスファルトの車道に出て、今日の世界遺産「小辺路」はここで終了です。しかし、クルマを呼ぶにも携帯が通じないので、電話があるところまで歩くことにしました。

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そこから、暫く炎天下の林道を下ると公衆電話と酒屋を発見、嬉しさの余り座り込んでしまいました。嬉しさと言うよりか、暑さと疲れで最早動けなかったと言うべきでしょうか。
早速、宿に電話をし迎えのクルマを頼むと、ビールでノドを潤しました。
気が付けば、周囲は釣り人やバイク・ツーリングの若者が行き交う山村の真中です。

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途中、川合神社にて旅の安全を祈願し、十津川温泉に向いました。
小辺路にはところどころ素晴らしい出湯があり、小辺路歩きの楽しみは何と言っても温泉です。
その夜は、源泉かけ流しの温泉で登山の疲れを癒し、豪華な晩餐と旨い酒で旅の楽しみに浸りました。
かくして、小辺路第3日目が終了しました。

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熊野古道 小辺路を歩く<第4日> 十津川温泉~果無峠~本宮峰の湯

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平成19年8月23日(木)
 夜半の雨も宿を出る頃には上がり、最初の目的地である熊野本宮大社へ向って出発です。
トンネルを越え、吊橋を渡り、本日の難所・果無峠(1114m)に向っての登山の開始です。

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果無峠の楽しみは、33観音石仏です。
苦しい果無山越えも、大正年間に寄進された愛らしい石仏を求めながら歩くことにより、楽しい一日となりました。それと地元中学校の激励の道標には、大いに励まされました。

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雨上がりの十津川の長い吊橋を渡り、のんびりと山路を行きますと石畳が始まります。
江戸時代の草鞋には快適な石畳も、現代の登山靴では滑り易く危険です。
下り道は、出来るだけ路肩の土の部分を歩きました。

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1時間程で、果無の集落に着きました。
山上に突如現われた果無集落は、周囲の山々の峰を湧き上がる雲の中にポッカリと浮かび上がった桃源郷でした。

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石畳の両側は、田んぼと畑。
母屋と離れの間の中庭を小辺路が通り、何とものどかな風景です。
母屋の縁側に座って田んぼを眺めていますと、今、小辺路の風景の中に居ることが不思議に思えてきます。

<33番観音像>
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ご主人との会話の中で、スタートの33番観音像に気付かず残念だったと話をすると、檪砂古まで案内すると言う。意味が分からずにいると、クルマで連れて行って呉れると言う。これほどの山中に車道とクルマがあることに驚きましたが、更に、驚いたのはやっとの思いで登ってきた山をアット言う間に下ったことです。
33番観音に出合えたことと、ご主人の親切に暫く感激が治まりません。

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果無集落に戻り、近くの30番観音像に詣で暫く厳しい山道を登ります。
観音像に導かれながら、雨だけが頼りの天水田跡、石垣の残る山口茶屋跡を通り、苦しい急坂を登ると果無観音堂に到着です。観音菩薩・千手観音・不動明王像の三像が、祀られている立派なお堂です。
湧水もあり、昼食と休憩としました。

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更に急坂が続き、そこを一気に登りますと果無峠です。樹林の下で、見晴らしもありません。
暫く下りますと、樹林が切れて見晴らしが良くなり、遥か眼下に川と集落が見え始めました。
更に下りますと、十津川に架かる橋もハッキリと見えるようになりました。
いよいよ八木尾の集落に近づいたことを知り、足取りも軽くなってきました。

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先ほどから水滴が顔に当たるのに気付いていましたが、昨夜の雨が梢の雫となって落ちているものと思っていました。やがて雨粒となり、急に敲き付けるような本降りとなってきました。
雷鳴が響き渡り、雷雨に襲われたことに気付きました。

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激雨は豪雨となり道が沢となり、雨で周囲は何も見えなくなりました。雨を避ける場もなく、足元の白い濁流を辿るしかありません。激流は突如、排水のため谷に向って滝となって落ちます。
激流の先に気を付けながら、靴も足元もビッショリになって急坂を下ります。
これだけの激しい雷雨に遭った事はありません。必死の思いで1時間程下りますと、民家が現われ軒下でやっと一息着くことが出来ました。

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車道に出たところで、携帯が通じたので宿に連絡し迎えを頼みました。
体が濡れているので目的の熊野本宮大社参詣は明日にし、今宵の宿・湯の峰温泉に直行しました。
部屋に落着き雷雨から開放されて、やっと高野山から熊野本宮大社までの小辺路17里(68Km)を、完走した感激が湧き起こって来ました。出来ないと思っていた小辺路縦走を無事に果たし、歓びも格別です。

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湯の峰温泉は関西で最も人気の高い温泉だけに、風呂も食事も最高でした。
温泉と酒の旨さに酔いしれ、小辺路の旅情は極に達しました。
かくして、小辺路第4日目が終了しました。

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熊野古道 小辺路を歩く<第5日> 本宮大社(王子)~小雲取越え~小口

平成19年8月24日(金)

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4日間、小辺路を歩いた印象は、想像とはかなり違ったものでした。
現在の熊野古道は、地元の生活道であり他所との交通路であり、どことも変わらない道路でした。
峠越えの山道の中に、往時の熊野古道が僅かに残されているだけです。
山道を出れば、集落があり人家や田畑のある田園風景です。

<発心門王子のお堂>
Dscn0541ここまでは小辺路の印象ですので、少し中辺路の「王子」を訪ね、熊野古道のイメージを深めることにしました。
そこで午前、中辺路の人気コースを本宮大社までを歩いてみました。
発心門王子から歩き始め、水呑王子跡・伏拝王子跡・祓戸王子跡を歩き、王子の雰囲気を味わいました。
発心門王子にはお堂や世界遺産の記念碑がありますが、大半は朽ち果てた石碑が残るだけです。
本宮大社の裏にある祓殿王子社跡は、国の指定史跡に指定されています。

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王子から行きますと熊野本宮大社へは、裏門から入ることになります。
が、正面鳥居は王子に向う前に潜っています。地味な思っていたより小さな神社でした。

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更に、明治22年の大洪水で流失した本宮大社が本来建っていた大斎原(おおゆのはら)を歩き、本来の本宮大社の広さを実感しました。元々は熊野川の広大な中州の中にあったもので、現在地は仮設のようです。
日本一の大鳥居は、高さ34mと10階以上のビルに相当する巨大さです。

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今日の予定は、請川から小雲取越えをして小口まで行く計画でしたが、午前中の中辺路散策で3時間を費やしたため、途中の百間蔵の先から小口に向うことにしました。
夕日の展望台、百間蔵からのパノラマは絶景です。遥かに本宮が望めます。

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そこからの山道は、歩き易いハイキングコースで楽しい山歩きです。道標も多く、迷うところはありません。
途中、熊野を詠んだ数基の歌碑が建てられていますが、場違いな巨大石碑には違和感を覚えました。
石堂茶屋跡には、休憩小屋とその裏手に水場がありますが、残念ながらは夏枯れでした。

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更に桜峠を経て桜茶屋跡。ここには明治末まで茶屋があったとのことで、平地もかなり広く、石垣も残っています。
遥か眼下には、小和瀬の集落が見えてきました。その奥の山が明日登る、最後の難所大雲取山でしょうか。
休憩小屋でゆっくりと休み、いよいよ下りに向いました。

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そこからの1時間余の下りは、登り下りもあり厳しいものでした。
午後4時を回っていましたが、真夏の暑さも激しく、全身流れる汗でビッショリです。
民家の庭先を通り、石段を下ると車道に出ます。赤木川に架かる小和瀬橋を渡ると、右手がかつての渡し場跡。

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そこから、今宵の宿「小口自然の家」は間もなくです。無言で出された一杯の氷水が、何よりも嬉しい歓迎でした。
今日も風呂上りのビールに酔い、明日の最後の登山に向け早い就寝に付きました。
かくして、第5日目が終了しました。

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熊野古道 小辺路を歩く<第6日> 小口~大雲取越え~熊野那智大社

平成19年8月25日(土)
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 6起床。熊野古道歩きもいよいよ最終日を迎えました。夜は、新宮での祝宴が待っています。
しかし、最後の難所「大雲取山」を越え、第2の目的地・熊野那智大社に向っての厳しい山行となるはずです。気を引き締めて出発です。

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往時、都からの熊野三山参詣コースは、本宮大社から速玉大社までは熊野川を舟で下り、速玉大社から那智大社を参詣し、那智大社からこの「大雲取山越え」により本宮大社に戻るものでした。
今日は、この逆コースで那智大社から新宮・速玉大社に向うことになります。

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大雲取山登山口の西行歌碑「雲取りや志古の山路はさておきて 小口が原の寂びしからぬか」の通り、小口集落は今も変わらぬ静寂の中です。
この「大雲取山コース」には、500m毎に番号標識が立てられており、この道標が苦しい山行の心強い頼りでした。1番那智から始まり、28番小口が最後となります。

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その28番標識から程なく、熊野の神々が座って談笑したという円座石(わろうだいし)に着きます。岩には、3社の本地仏を表す梵字が刻まれています(本宮大社:阿弥陀仏/速玉大社:薬師仏/那智大社:観音仏)。

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1時間程で、苔むした石垣の残る楠の久保旅館跡。
当時は道沿いに10数軒の旅籠があり、昭和35年頃まで人が住んでいたとのことですが、今や、その賑わいが想像も出来ない深山幽谷の地です。

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足場の悪い樹林帯を、苔むした石仏や石碑を求めながら登ります。胴切坂・越前峠の難所はさすがに厳しく、登山口からここまで3時間を要しました。
かつて、この越前峠を越えた藤原定家が大雨の中を難儀して越えたところです。ここには、土屋文明「輿の中 海の如しと嘆きたり 石を踏む丁(よぼろ)のことは伝えず」の歌碑があります。
輿に乗っている定家の嘆きを批判し、その輿を担いでいる人夫のことに全く思いが及んでいないことを指摘したものです。

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石倉峠の下りでは、そこに立つ斎藤茂吉の歌碑「紀伊の国大雲取の峰ごえに 一足毎にわが汗はおつ」の如く、汗が滴り落ちます。
熊野川町に入ると道標が立派な石碑に変わり、町の財力の違いを感じます。
間もなく立派な車道に出て、地蔵茶屋跡に到着。自販機もあり、昼食としました。

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粥餅茶屋跡を通り13番道標を過ぎると林道が横切っています。立派な林道に興ざめですが、疲労困憊の体に鞭打って樹林の道に向いました。
色川辻を通り、舟見茶屋跡へ。ここからは紀伊大島や潮岬が見えるとのことですが、残念ながら眺望は得られませんでした。道標も8番と一桁になり那智も大分近づいて来たようです。

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更に登立茶屋跡と、この辺りは茶屋が多く当時の賑わいを感じます。
山の中に消えてしまった茶屋跡を辿り、往時に思いを馳せながら鬱蒼とした山道をただひたすら歩くことが、現代の古道歩きです。今日の山旅の方が、当時より遥かに難儀な旅ではないかと思いました。
東海道を歩き通し、伊勢から熊野三山にやって来た江戸の旅人は、旅上を楽しみながらもっと歓びに満ちた思いで旅をしたのではないかと思いました。

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山道が終わると、突然、明るい広々とした那智高原に出ました。遊戯施設のある斜面を下り、再び樹林の間に入りますと木々の間から那智の滝が見え始めます。急かされるように一気に下りますと、青岸渡寺の境内に出ました。

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先ずは、熊野那智大社に参詣し、熊野古道6日間の旅成就の御礼をしました。
朱も鮮やかな社殿に拝し、熊野古道を歩き貫いた感激に浸りました。
五重塔・那智の滝・青岸渡寺を見て歩きましたが、古道を歩いて来た者には余りにその華やかな世界に体が付いて行かず夢うつつの思いです。

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ここから大門坂を歩き、那智駅から新宮に向う予定でしたが、さすがにこれ以上歩く元気は残っていませんでした。すっかり、気が抜けてしまったようです。
バスで新宮に着き汗を流すと、既に暗くなっていました。
最後の夜は、当初の計画通り、夜の街に繰出し盛大に祝宴です。
新宮の海の幸と酒の旨さは格別で、最終目的の熊野速玉大社参詣は明日ですが、熊野古道縦走満願を祝し、心行くまで飲みました。
かくして、第6日目が終了しました。

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熊野古道 小辺路を歩く<第7日> 神倉神社~熊野速玉大社

平成19年8月26日(日)
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 日の出を拝するために、漆黒の闇の中を神倉神社に向いました。
何も知らずに参詣し驚きました。鳥居の先は、自然石の急階段(解説によりますと、石段は源頼朝寄進の鎌倉式石段とのこと)です。
この急坂を白装束の祈願者が神火を持って馳下る火祭(御灯祭)が、例年2月に行われるとのことですが、とても走って下れる石段ではありません。

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誰も居ない真暗な階段に、畏怖心を感じながら登りますと、神社は岩山の山腹に、巨岩を背に建っています。
その不思議な奇観に、心を打たれました。

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神倉神社は速玉大社の摂社で、熊野三山の主神降臨の霊地として、熊野信仰の根本霊所とのことです。
神倉神社の巨岩に、熊野三山のそれぞれが持つ自然崇拝<本宮大社(川/熊野川)・那智大社(滝/那智滝)・速玉大社(海/熊野灘)>の原点として、三山とは異なる降臨霊地の神秘さを感じました。

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夜が明け始めましたが、残念ながら水平線に雲があり、日の出は見られません。
しかし、今日も素晴らしい天気となりそうです。

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朝食後、熊野古道巡りの最終目的・熊野速玉大社に参詣しました。
青空の下、目にも鮮やかな朱の速玉大社は、眩しく荘厳な雰囲気に包まれていました。
神殿で旅の健康と天候を感謝し、熊野再訪を祈りました。
かくして、熊野三山参詣を果たし7日間に亘る熊野古道を歩く旅が終了しました。
この旅によって、2007年は記念すべき最高の年となりました。


(後記:この旅には高野山までの2日間とその後3日間の伊勢参りの旅がありますが、熊野古道の旅のみを掲載しました。また、小辺路縦走の詳細情報が必要な方はお問合せ下さい。)

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07-82 玉川上水を歩く       

(070722)

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07-80 修善寺 草取り       

(070716)

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07-78 鴨川 千枚田を訪ねる

(070704)

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07-77 誕生寺・清澄寺を訪ねる   

(070704)

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07-74 甲州街道を歩く3     

 (070623)

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07-72 佐渡 草取り       

 (07061~17)

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07-71 黒磯・大田原 草取り    

(070609~10)

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07-70 舟から荏原神社天王祭を見る 

(070603)

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07-66 川から学ぶ江戸東京     

(070523)

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07-68 修善寺 田植え 

(070526~27)

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07-64 茂木棚田 田植え

(070519~20)

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07-59 足利 巨藤を訪ねる     

(070505)

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07-51 修善寺 田植え準備    

(070422)

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07-50 甲府城の桜を訪ねる    

 (070412)

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07-49 高島城の桜を訪ねる     

(070412)

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07-48 高遠城の桜を訪ねる     

(070411)

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07-30 青梅吉野郷の梅園を訪ねる  

(070303)

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