« November 2006 | Main | December 2007 »

06-170 ブログ終了のご挨拶

Dscn24132年間に亘りました「リタイア人生 はつらつ日記」をご愛読頂きまして、有難うございました。
本日をもちまして、当ブログを終了させて頂きます。
この間、コメントやトラックバックを頂きました皆様方には、心より感謝申上げます。
お蔭様で、ブログの楽しさ・広がりを頂きまして、思いも寄らない展開をみることになりました。

Dscn2459本ブログの目的は、「ブログ開始のご挨拶」に記しましたように、リタイア後に始まる素晴らしい生活のはつらつ振りをお伝えをしながら、リタイア後の生き方の模索(ゴールデンライフの提唱)をするものでした。
その模索と思いをつぶさにお伝えすることは出来ませんでしたが、多岐に亘る日々のブログの中で、お汲み取り頂けたものと思っております。
このようなことから、本ブログの初期の目的は、ほぼ達成することが出来たものと考えております。

Dscn2540昨年は134篇、今年は170篇の行動報告を発信しました。
この2年間の集中行動は、今までのおよそ30年分の行動に当たります。
リタイア後の行動としていたことを、ほぼ全て遣り終えたことになります。
超加速化した行動から、全く思っても見なかった世界が始まりました。
今後は、ここから始まった新たな世界に向って本格的に取組むことに致しました。
この取組の為に、当ブログを一度終了させて頂きます。

Dscn2478しかしながら、本ブログは当面、閉鎖をせず、未記入部分の掲載や過去ログの修正・加筆を続けて参りますので、引続きご覧頂ければ幸いです。
では、何時の日かまた、お会いできることを楽しみにしています。風流閑人(06.12.31)。


| | Comments (4) | TrackBack (0)

06-169 2006年を振り返って

1691_1今年を振り返ってみますと、160篇余のブログ一つ一つが、全て想い出深いものです。
出会いと感動の素晴らしい日々であった、ことを感じています。
しかも、これだけ多くの行動をしたことは、今までの人生においてもありません。
今までは幾ら行動しても満足が得られず、未だ遣り足りない思いが残っていましたが、さすがに今年は良くぞ遣ったと言う気持で一杯です。
年初から、これほどのことを考えていた訳ではありません。
ただひたすら、遣りたいことをしてきたら、こうなってしまったと言うことです。
この中から本当に遣りたいことが、見えてくるものと思っています。

1692恒例により、今年の重大出来事(余りに多いので上位20傑)をまとめます。
詳細は、全てブログにて報告済みです。
1. 江戸文化歴史検定2級合格
2. 日本語教師資格取得研修
3. 京都比叡山から熊川宿へ
4. 吉野・京都の観桜
5. 富士山登頂
6. 佐渡・郡山・福島・岩手の草取りボランティア
7. 大地の芸術祭と野村万作狂言鑑賞の旅
8. がんばれ中越! 山古志村激励訪問
9. 松之山温泉と棚田を訪ねる
10.野川桜並木を歩く・八王子絹の道を歩く
11.佐原の夜祭・鹿沼ぶっつけ祭
12.秩父の夜祭見物と秩父路
13.日光の紅葉と寂光沢遡行
14.丹沢山行
15.小田原・箱根の歴史散歩
16.松本美ヶ原温泉と田の草フォーラム参加
17.岩手盛岡城を訪ねる
18.浜松掛川城を訪ねる
19.松本城と小笠原城を訪ねる
20.都内中世の古城巡り
    (八王子城・石神井城・稲付城・葛西城他)

1693この他、下記の定例会に出席しました。
1. 日本語教師研修会(週1)
2. 人と企業の研究会(月1)
3. 江戸東京博物館 藩史研究会(月1)
4. 東京シティガイド勉強会(月2)
5. えどはくカルチャースクール(連続)
6. 新・松下村塾勉強会(適宜)
7. 古文書勉強会(適宜)   以下略


1694以上の行動には、各会の会議・会合・単発の講演会、週2~3日の非常勤の日常的行動は除いています。風流閑人(06.12.30)。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-168 仏僧との出合い

Dscn2930寺参りの趣味が嵩じて、今や習慣となってしまったようです。
知らない土地では、何時の間にか神社仏閣を捜し歩いています。
日頃歩いていても寺を見つけると必ず立寄り、知らず知らず造作・扁額・由緒・本尊を眺めているようです。

Dscn2932今日も、何時もの様に山門を入り由緒書を読みながら本殿に詣で、何気なく事務所を覗きました。
そんな行動を見ていたのか、仏僧が話し掛けてきました。
最初は、周辺の史跡や当寺の本尊についての何気ない会話でした。
やがて社会問題や人生問題となり、最後は仏教の意味・作法についての話題へと発展して行きました。
気が付いたら、年末の多忙の中で、一時間近くも立ち話を続けていました。
仏教についてはほとんど学んだ事がないので、全て知らないことばかりです。
今後、改めて教授・相談に通うことにしました。

Dscn2934この出合いは劇的であり、正に今年の求めていたところでした。
宮沢賢治との再会をはじめ、多くのヒントを頂きました。
人生の悩みの解決の糸口が、寺院にある事に改めて気付かされました。
最近の寺院への関心は、今日の出合いのためであったような気がしました。
出合うべくして出遭ったようです。

Dscn2935年末の今年の全てを終えた日に、このような出合いを偶然と思えず不思議な思いで山門を出ました。
新たなる来年の課題が、また一つ明確となりました(06.12.28)。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

06ー167 岩槻界隈

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-166 向島界隈

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-165 メダカ茶屋開店予告

Dscn0216NPO「メダカのがっこう」が、来春2月に茶屋を開店することになりました。
環境NPOが茶屋を始めることを不思議に思われるかも知れませんが、「冬・水・田んぼ」のコメ作りに本格的に取組むためには、生産者ばかりでなく消費者に働きかけることがどうしても必要となってきたからです。

Dscn3028
田んぼからの自然環境の改善を目指している当NPOでは、「冬・水・田んぼ」で生産されたコメの販促には、今までも協力をして来ました。
更に、安全で美味しいこのおコメをPRするためには、多くの方々に実際に食べて貰う必要があると感じています。
農家の供給体制も整い、いよいよその提供の準備が出来ました。
「メダカのがっこう」の活動も、新たなる段階に入ったといえるでしょう。

Dscn3132茶屋では、当面朝昼に搗き立てのおコメで作ったオムスビを販売します。
食材は「ありがとう田んぼ」で採れた無農薬のコメ・野菜を使用、徹底した安全・健康・環境志向を追求して行きます。
本物の味・食材は勿論、食器や包装にも徹底的に環境に配慮をしています。
是非、ここで本物を味わって頂きたいと思っています。

Dscn3264第1号店となる現地神保町の店で、そのお披露目の宴が開催されました。
ここを「冬・水・田んぼ」の情報発信の拠点とし、「メダカのがっこう」の活動情報を発信して行きます。
茶屋は15時閉店ですので、その後は会員の交流の場となります。
この新しい拠点から、また大きな輪が広がって行くことでしょう。
来春が待遠しい限りです(06.12.26)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-164

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-163

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-162 和太鼓コンサート

1621「和太鼓の真髄Ⅳ」と題した和太鼓コンサートを鑑賞しました。
和太鼓がこれほど、感動的な音楽であるとは知りませんでした。
体中が振動し、身体にエネルギーが充満していく感じでした。
迫力満点の和太鼓の熱演に、心身共に感激しました。
聞き終わった後は、爽快感から全てのストレスが発散しているのに気付きました。
このようなコンサートを、聴いたのは初めてです。

1623これほど激しい動作や全身を使った力強い演奏は、他の音楽にはないでしょう。
音の強弱だけでイメージを表現し感動を与える、和太鼓の真髄に触れた思いです。
更に、笛・法螺貝・ギター等との競演を取入れ、新しい工夫にも挑戦しています。
「江戸の粋」や「いなせ」を、和太鼓を通じて表現していこうとの意気込みも感じました。

1622演目は、全部で13曲に及びました。
初めての和太鼓鑑賞でしたので、主宰者の意図を十分理解することは出来ませんでしたが、1曲を披露出来るまでに1~2年の準備が必要であるとの言葉に、奥の深さを感じました。
日本の伝統芸能の真髄に触れ、今年の最後を飾るにふさわしい、素晴らしい感動を堪能しました。

1624会場を出た時には、興奮のせいかノドがカラカラでした。
かくして、今宵のビールの旨さはまた格別でした(06.12.24)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-161 東京の紅葉

今年の紅葉は、例年に比べ半月遅れとなっているようです。
東京では12月中端を迎えほぼ散り初めていますが、場所によっては今が最盛のところもあります。
その後に訪ねたイチョウと紅葉の最終版をお送りします。


<早稲田界隈>
大学構内
Dscn0975


大隈庭園
Dscn0977


関口芭蕉庵
Dscn0994


水神社
Dscn0981


椿山荘
Dscn1007


戸山公園 
Dscn0976

<浅草寺界隈>
Dscn2361

Dscn2364

Dscn2333


<大塚天祖神社>「夫婦公孫樹」
Dscn2141都内唯一の雌雄一対の樹齢約600年の巨木です。

Dscn2153右手の雌木は既に黄葉をしていましたが、左手の雄木は未だ青々としています。銀杏を付ける雌木は、進行が早いようです。


<六義園ライトアップ>
Dscn2067


Dscn2101

東京でも十分に紅葉の美しさを楽しむことができます(06.12.16)。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-160 雑司が谷霊園

Dscn2207墓所巡りは、東京を知る上での原点です。
東京都の指定旧跡の半分以上が、墓なのです(都旧跡238ヶ所のうち、124ヶ所)。
特に、多くの名士が眠っている霊園は、人物史の宝庫です。
この時期の都心の霊園は、紅葉の美しい静かな庭園でもあり、偉人に触れる良い機会です。鬼子母神のイチョウ再訪の折に、雑司が谷霊園を訪ねました。

Dscn2176ここ雑司が谷霊園には、多くの文化人・政治家が眠っています。
夏目漱石・小泉八雲・永井荷風・泉鏡花・大町桂月・島村抱月・川口松太郎・窪田空穂・竹下夢二・尾上梅光・市川羽左衛門・市川佐団次・尾上菊五郎・東郷青児・小栗上野介・ジョン万次郎・サトウ八チロー・東条英機…です。
個性溢れる墓石に、人柄が滲み出ています。

Dscn2227枯草に覆われた外人墓地には、胸が痛みました。日本の為に尽くつつ、異国の地にて亡くなった外国人に関心を持ちましたが、忘れ去られたように荒れ果てた一角となっていました。明治のお抱え外国人の方々とすれば、手厚い感謝の念を表したいものです。
なお、全ての外人墓が荒れているわけではありません。雑司が谷霊園で唯一都指定旧跡となっているラファエル・ケーベル(ドイツ系ロシア人:和辻哲郎・安倍能成・阿部次郎・高山樗牛等を育てた哲学者・音楽家)の墓前には、美しい花が手向けられていました。

Dscn2210中でも、荻野吟子の墓所が印象的です。日本女医第1号となった波瀾に満ちた人生は、渡辺淳一著「花埋み」にて有名です。生家である埼玉県妻沼町から寄贈された、吟子の病院があった北海道せなた町と同じ石像が建てられています(06.12.14)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-159 秩父を訪ねる(第2日)

     <写真をクリックすると拡大します>
1591昨日は、市内に宿が取れず、隣駅の横瀬の「武甲の湯」に宿泊しました。山間の静かな戸建の宿です。
早朝より穏やかな小春日和となりましたので、のんびりと山越えして秩父の町に出ることにしました。
このため、思ってもみなかった静かな秋の秩父路の散策を、楽しむこととなりました。

<武甲山> 1336mから1304mへ 
1592市内のどこからも望むことの出来る武甲山は、地元の熱き信仰の霊山です。
戦後、その山を削って生活せざるを得なかった地元にとっては、止むを得ないことだったのでしょう。
この結果、山頂は32mを削り取られ、山容も著しく変わりました。
今も、休み無く稼動する工場の煙が、朝靄の中に揺らいでいました。

<秩父路風景> 
1593やがて、陽だまりの中の、冬枯れの田園風景の中に入って行きました。何も無い田んぼの風景にも、何故か心が和みます。
1594道標に沿って、田園の中の道を行きますと、今も豊かな家並みがあります。
思いも寄らない風景に出合いながら、散策を楽しみました。

<曹洞宗東林禅寺> 秩父七福神恵比寿 
1595静かな里山の高台から東林寺が、竹林を背に秩父路を見下ろしていました。青空の中で、朝日を浴びた寺の風景ものどかで美しい眺めです。
1596石段を上った境内からの展望も、紅葉の彩りの中に秩父連山が横たわり、これまた美しい眺めでした。
秩父路の穏やかな風景の中を、ゆっくりと行きます。

<宇根八坂神社> 天王様 
15971846(弘化3)年の小社(町指定有形文化財<彫刻>)が、木組の中に鎮座していました。彫刻は三国志や鳥獣が深く刻まれ、かなりの文化財のようです。
4月例大祭の付祭には、「宇根の山車」(町指定有形文化財)が奉曳されるとのことです。何気なく、素晴らしい文化財が公園の片隅に安置されています。


<思いやりの木> 大山祗神社 
1598鬱蒼とした森の中の斜面に、栂と桧が合体して大木となった木がありました。
この木は、ご神木となり神社が建てられ、「思いやりの木」の伝説が創られ、夫婦円満・縁結びのご利益が語り継がれています。
日本人の自然への畏敬・木に対する崇拝の念が、素朴に現れたものと言えます。
異種の木の合体は、「林試の森」の講義(NO.155)で、何の不思議でもないことは既に学んだところです。

<羊山公園・芝桜の丘> 
Dscn18414月には丘一面が芝桜で覆われるとのことですが、今は本物の桜(冬桜?・狂い咲き?)が咲き始めていました。
1599
羊山公園と芝桜の丘は、横瀬町と秩父市の間に連なる丘陵地帯です。
昨日の花火打上場所である羊山公園は、素晴らしい市内の展望台でした。

<武甲山資料館> 
15910喪われつつある武甲山の自然を残すために、採掘企業3社の寄付により造られた資料館です。昭和35年頃と平成10年の写真の対比が印象的でした。
如何に武甲山が自然溢れる山塊であるかを知りましたが、寧ろ石灰岩分布の地質構造図に関心を持ちました。
これ以上の山容の変化は無いとのことですが、一度登る必要がありそうです。

<牧水の滝> 
15911大正年間に数回も秩父を訪れた若山牧水を偲び、羊山公園の中腹に牧水の歌碑と池・滝を配した牧水公園があります。
歌碑には、「秩父町 出はづれ来れば 機をりの うた声つづく 古りし家並みに」とありました。

<浄土宗 光台山惣園寺> 秩父七福神弁財天 
15912やや異風な本堂の佇まいに惹かれて立寄りました。開祖は法然上人。
江戸時代には、「時の鐘」の役を務めた由緒ある寺。秩父絹市や秩父夜祭等の合図となっていたとのことです。

<知知夫神社> 秩父神社 
15913武蔵国四宮、今年より知知夫国新一の宮に認定。
昨日は、祭礼で近づくことも出来ませんでしたので、改めて参拝しました。昨日とは打って変わって、祭りの後の静かなお参りが出来ました。
権現造本殿は、1592(天正20)年家康寄進の由。埼玉県有形文化財。四方に彫られた極彩色の彫刻が美しい社殿です。
特に、「お元気三猿」に共感です。通常の三猿の「見ザル・言わザル・聞かザル」ではなく、当社三猿は「よく見・よく聞き・よく話そう」ザルなのです。

かくして目的の秩父神社まで、半日を掛けた旅となりました。参拝を終えた頃には、夕刻の特急の時間が迫っていました。
蔵元の杯で残りの地酒を酌み交わしつつ、秩父の余韻に酔いながら帰路に着きました(06.12.04)。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-158 秩父の夜祭(第1日)

   <写真をクリックすると拡大します>
1581_1今年の祭の最後を飾り、秩父の夜祭見物に行ってきました。
念願の秩父神社(妙見宮)の例大祭に参加出来たのも、桟敷席・温泉宿・特急乗車券の3条件の全てが揃ったからです。加えて、晴天と暖冬の天候が重なり、最高の夜祭見物となりました。
2日間をたっぷり秩父の祭の中に浸かり、すっかり秩父に惚れ込んでしまいました。

1582_12日「宵宮」から始まった秩父夜祭は、既に3日「大祭」の朝から、祭気分は町中に溢れていました。
祭会館で秩父祭の知識を学んだり、「屋台囃子」を聞いたり、町内を曳き廻されている屋台を追いかけ「曳き踊り」(国指定重要無形民俗文化財)や秩父神社で奉納されている「秩父神楽」(同国無形文化財)を見物したり、のんびりと夜を待ちます。

1583_1秩父公園の「御旅所」前の桟敷席で、一杯やりながら祭の進行を見物しました。
公園手前の団子坂の急坂を、屋台が登るところが見せ場です。
秩父神社からの前触れが来てから、6台の笠鉾・屋台(国指定重要有形民俗文化財)が揃うまでに、3時間以上が掛かりました。
6台全部が勢揃いする頃には、すっかり酔いも回っていました。
冬の夜空を彩る盛大な花火が終わっても、祭りは深夜まで続きます。

1584_1秩父夜祭は、江戸時代の絹大市の最終日を飾る行事が発展したもの、と言われています。農作業でなく養蚕業から始まったところに、秩父祭の特色があります。当時、3~4千両の絹取引があった言われ、養蚕は花形でした。
このことが冬祭の所以ですが、祭りは秩父神社の妙見菩薩(女神:養蚕の守神)と武甲山の竜神(男神:水神様)が御旅所で逢引をする神話を演じています。

1585_1
伝統の祭は奥が深く、1回や2回の見物ではその全貌を理解することも出来ません。同時に何ヶ所も見る事は出来ず、見物したのは本の僅かな部分に過ぎません。
そして、祭見物の楽しみである地元の人々との触合いも出来ました。
そんなことから、また秩父には来ることになりそうです(06.12.03)。


| | Comments (0) | TrackBack (0)

06-157 「東京の木」イチョウを訪ねて

1580イチョウに魅せられて、今年もイチョウの名木を訪ねました。
イチョウは「東京の木」であり、都内には多くのイチョウがあります。
その内6本が、天然記念物に指定されています(1本が国・5本が都指定)。
今年も、その葉が黄金に輝くのを待って、6本の天然記念物のイチョウを訪ねました。黄葉の状況は、木々により全く異なっていました。


<浄真寺>
1581九品仏が祀られている浄真寺は、樹木に包まれた静かな雰囲気の中にあります。
山門に至る参道も、樹陰深い木々の並木となっています。
境内の本堂前に聳えるイチョウは、一目で天然記念物であると分かります。
姿・容から、ご神木としてのオーラが漂っています。
青空に黄金の輝きが映え、その美しさには心から感動しました。
境内には都天然記念物のカヤの巨木もあります。古刹だけに、その他にも巨木となったケヤキの木々も目立ちました。

<芝東照宮>
15821641(寛永18)年、東照宮(当時、増上寺安国殿)再建に際して3代将軍家光が植えたと伝えられています。樹齢約370年。
昭和5年に国の天然記念物に指定されましたが、昭和31年新法により都指定天然記念物に指定が変わりました。
黄葉は未だ始まっておらず、青々としていました。

<麻布善福寺> 国指定
1583根が競り上がり枝先が下に伸びているとことから、「逆さイチョウ」と言われています。空洞の中に戦災の焼跡を今も残しながら、黄金の葉を一杯に付けていました。
15835樹齢750年以上と言われ、そのせいか葉が小さくなってきています。垂乳が見事です。
都内最大の巨木で、巨大な親鸞聖人像も小さく見えます。

<旧蓬莱園>
1584蓬莱園は、1632(寛永9)年、平戸藩松浦候の命により小堀遠州が造営した名園です。樹齢380年。イチョウは、その当時よりあったもの、と言われています。
現在は、都立忍岡高校の敷地内となっており、外部より眺めるしかありません。
昨年は、校舎工事中であり、樹勢に影響があったのではないかと思われます。既に落葉し、残葉が名残を示していました。

<王子神社>
1585階段の途中にあり、全体が展望出来ず全貌が掴めません。
写真を撮るポイントもなく、美しい姿を捕らえるのが難しいイチョウです。
本殿の奥にも目立つイチョウがありますが、ここには近づくことも出来ません。
中世豊島氏の時代に、植えられたものと言われています。

<雑司が谷鬼子母神>
1586鳥居付きの広い囲いの中にあり、ご神木であることは一目です。ここまで神として、崇められているイチョウは他にありません。樹齢600年以上。
姿・容から、都内随一の美しいイチョウです。黄金に輝くこのご神木には、何時もながら感動で胸が打たれます。
13865
毎年、最高の黄葉時期を求め訪ねていますが、今年も最高の黄金期に当たり、心から感激しました。
境内には、イチョウの巨木が何本かあり、木の下は一面の黄金絨毯となっています。参道のケヤキ並木も、都の天然記念物です。

カエデの華やかな紅葉が持て囃されていますが、イチョウの黄金に輝く美しさには品格を感じます。何れも(旧蓬莱園のイチョウに、社殿を作るべき事を提案します)これらの名木は寺社のご神木であり、その荘厳な姿には頭が下がります。
また、イチョウは知れば知るほど、その歴史・生態・性質の不思議さに惹かれ、益々引き込まれています。
今年は黄葉が遅れており、未だ暫くイチョウ巡りが出来そうです(06.12.02)。


| | Comments (2) | TrackBack (0)

« November 2006 | Main | December 2007 »