06-115 妙正寺川を歩く(2)
06-115 妙正寺川を歩く(2)
前回に引続き、江古田公園の古戦場跡から妙正寺池まで、を歩きました。
周辺には名所旧跡が多く、歴史のある地域です。
都内の河川はやや綺麗になりましたが、所々で臭いが気になりました。
<東福寺>
1728(享保13)年、八代将軍吉宗が鷹狩の際の御膳所となり休息と食事をしたところ。昭和42年まで、その「御成りの間」が残されていました。
<山崎記念 中野区立歴史民俗資料館>
山崎記念と言うのは、地元名主であった山崎氏が寄贈した屋敷跡に建築されたからです。隣接地には、江戸時代からの同家の離れと茶室が今も残されています。
資料館には、縄文から中世武士団の興味深い資料が展示してあり、中野郷の古い歴史を学びました。江戸時代の鷹場・御囲(犬の収容施設:5ヶ所約100h)は地元のかなりの負担となったようです。
<明治寺>
明治天皇の病気回復祈願のために建てられた寺。境内の庭園には、いろいろな表情・姿をした多くの観音像(百観音)が安置されています。
<平和の森公園>
元中野刑務所の跡地。公園工事に先立ち、発掘調査を行い先土器時代(約13000年前)から江戸時代末期の複合遺跡が発見されました。隣接の新井3丁目遺跡を含め弥生時代を中心に約260軒の住居を持つ集落が発掘。多くの土器が出土しました。
<新井薬師(新井山梅照院薬王寺)>
駅名となるほど有名ですが、祭礼の日(毎月8日)以外は拍子抜けするほど静かな寺院です。天正年間に開基された由緒ある古寺です。
<福蔵院>
福蔵院の「十三仏菩薩」。死後の忌日をつかさどる石仏の十三仏菩薩(不動明王・釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩・地蔵菩薩・弥勒菩薩・薬師如来・観世音菩薩・勢至菩薩・阿弥陀如来・阿しゅく如来・大日如来・虚空蔵菩薩)が、揃うのは珍しいとの事。
<鷺宮八幡神社>
創建1064(康平7)年。東国平定後、戦勝感謝国家安泰・源氏隆昌を祈願。
鷺が多く棲息していたところから、鷺宮大明神と称したことが地名となった由。江戸幕府より御朱印を寄進された中野区唯一の古社。
<妙正寺川>
流域には縄文・古墳時代の遺跡が点在、古代から居住に適した環境のようです。普段は水量の無い河川ですが、平成17年の水害を受け、河川監視カメラを4か所に増設し自宅から監視出来るようになりました。
<妙正寺>
1352(文和元)年創建。三代将軍家光が鷹狩の折、神前に武運長久を祈願、葵の紋幕と朱印地5石を寄進。現在も毎年10月25日に、葵の紋幕を掲げて一般に公開する法会が行われるとの事です。
<妙正寺池>
9Kmの遡行が終わり、目的の妙正寺池に到着しました。
炎天下から、木々に覆われた妙正寺公園に入りホットしました。今は、湧水もほとんど無いとのことで、何処からこの水は来るのでしょう(06.08.30)。

























































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