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06-102 修善寺の田んぼ(田んぼ活動報告15)

0610206月の田植から8週間。この間、雨天が丁度半分の4週間。天候不順から、雨量は昨年より多いと思いましたが、データでは23.5%減です。
日照データはありませんが、雨が少ない分、日照時間は昨年より多かったのではないかと思われます。
印象と現実とは異なりますので、毎日の気象データを録ることが必要です。

061022_1葉の色と勢い・分ケツ力にも逞しさが見られ、稲の成長に問題はないようです。
既に穂が出始めておりますし、梅雨も明けましたので、今後の日照は心配していません。懸念は唯一、昨年、被害を受けた台風です。
月初に草取りをしましたが、コナギが一面に蔓延っていました。ただ、稲も50~60cmに育っていますので、簡単な草取りに留めました。

061023_1今回の目的である「生きもの調査」では、驚くほど生きものが戻って来ていることを確認し、感激しました。
<冬・水・田んぼ>の指標であるイトミミズが百万匹単位で復活しており、タニシの稚貝もたくさん見られました。2年目にして、かなりの手ごたえを感じました。

061024_1昼食は、ソウメン・狩野川のアユ・アジの干物、話題は9月の収穫祭と、楽しい交流の一時を過ごしました。
更に、帰路では小田原で風呂上りの一杯後、夏祭「ちょうちん行列」を楽しみ、長い修善寺田んぼの一日を終了しました(06.07.29)。


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06-101 朝倉彫塑館

061011朝倉文夫は近代彫塑技法を確立した明治・大正時代の芸術家で、昭和23年文化勲章受賞、同26年文化功労者となりました。 
その朝倉文夫が住居兼アトリエとして自ら設計・監督して、7年の歳月と8回におよぶ増改築の後、昭和10年に完成させたのが朝倉彫塑館です。
現在、国の登録有形文化財に登録されています。

061012西洋建築(鉄筋コンク造り)と日本建築(数奇屋造り)が調和し、建物・内装・調度品全てが芸術家らしい感性に溢れ、建物全体が一つの芸術作品となっています。
書斎・茶室・客間は落着いた雰囲気に包まれており、アトリエや蘭の間に飾られた作品(「墓守」は国重要文化財)と共に彫塑館全体が素晴らしい芸術空間を醸し出しています。

061013この塑像館の特徴は、中庭にあります。数奇屋風の和室と廊下に囲まれ日本庭園は、「五典の水庭」と名付けられています。儒教の五常を表した「仁・義・礼・知・信」の巨石を配し、四季折々の白い花を付ける潅木が植えられています。
この水庭はどの部屋からも望むことが出来、大変に心が和む景観です。
この静かな空間での時間を求めて、時折、ここに遣ってきます。

061015また、屋上の庭園には驚かされます。
当初、園芸授業で野菜を作っていたとのことですが、今や巨木となった樹木・四季の草花が生い茂っています。朝倉文夫の胸像が、その庭を見守っています。

061016生まれ故郷の大分県豊後大野市には、朝倉文夫記念公園内に記念館と文化ホールがあり、朝倉芸術の広報活動をしているとのことです(06.07.27)。 


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06-100 子規庵

061001子規は1867(慶応3)年9月17日(陽暦10月14日)、現在の愛媛松山に生まれます。明治27年に台東区根岸に移転、この地にて35歳の生涯を終えます。この居宅が、子規庵として残されています。

061002この自宅には、夏目漱石・森鴎外・中村不折・浅井忠・高浜虚子・河東碧梧銅・内藤鳴雪・伊藤左千夫・長塚節・与謝野鉄幹・島崎藤村・会津八一等の錚々たる歌人・文人が集い、近代文学の原点となったところです。

061003昭和20年の空襲で焼失しましたが25年に再建、35年に都指定史跡に指定されました。子規の部屋の前の糸瓜棚には、痰に苦しむ子規が飲んだ糸瓜が風に揺れていました。
「をとといの へちまの水も 取らざりき」
「糸瓜咲いて 痰のつまりし 佛かな」
「痰一升 糸瓜の水も 間にあはず」(絶筆三句)

061004野球の名を普及させた子規は、2002年に野球殿堂入りをしています。
「正岡子規記念野球場」は、上野公園の中にあります。これで、少しは子規の名も、東京でも知られるようになるでしょう(06.07.27)。
なお、子規庵は一切の写真撮影が許されず、写真は一枚もありません。

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06-099 谷中界隈

0610215谷中は寺町です。
東京とは思えないシットリとした寺院があります。061021震災・戦災の被害も少なく、古いものと新しいものが混在した町です。戦前の住宅も辛うじて残されていますが、それも急速に喪われつつあります。
今しか、見られない風景がたくさんあります。

061022東京藝術大学の古い建物も、風前のともし火です。建築申請の掲示が掲げられていますので、近いうちに取壊しとなることでしょう。
平成10年に建替えられた「芸大資料館」は近代的な「大学美術館」に変貌、現在「ルーヴル美術館展~古代ギリシア芸術・神々の遺産」)が開催中(8月20日(日)迄)で、賑わっていました。

061023江戸商家の建築様式を残す「旧吉田屋酒店」(区指定有形民俗文化財)は、昭和61年まで使われていたものです。下町風俗資料館附設展示場として現在地に移転、無料公開されています。

061024勝山藩下屋敷跡に建つ大名時計博物館は、閑静な寺町の一角に古めかしい佇まいを残していました。
櫓時計・枕時計など珍しい和時計が収集展示されており、大半が都指定文化財となっているとのことです。7月~9月までの3ヶ月間は休館とのことで、残念ながら見学は出来ませんでした。

061025谷中は急速に、高級住宅地に変わりつつあります。
その中に残された古い建物に出合うと、何故かホットします。明治・大正小説の下町風景が、目に浮かんできます。
0610255立ち話をした古老は「ただ古いだけだ」と言いますが、その古いものをどんどん壊して行って良いものでしょうか(06.07.27)。

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06-098 もてぎ地元塾(第2日)

060981最終日は、各グループによる発表会です。
全てのグループの発表が、初めて聞く素晴らしい内容のものでした。
訪ねたくなるような話ばかりです。
中には、地元の人達も知らないことが、たくさんあったようです。

060982「塩の道」「鉱山跡」の伝承を始め、「十字架地蔵」「地蔵尊」の話を発掘しました。また、村中に「二十三夜塔」「馬頭観世音」「念仏供養塔」や「道祖神」の石碑が多数あり興味を持ちました。各家にある、氏神様にも注目しました。

060983何よりも関心を持ったのが、共同農作業により理想郷づくりをしている人達の話でした。自然の中で人知れず実践している活動は、このような地元取材でもなければ知ることもなかったでしょう。自然を求めて移住してきた若者達の話も、同様です。驚いたことは、早くも現地に触れ移転を決意した家族がいたことです。

060984今回の「地元塾」の手法を学び、多くの知識を得ることが出来ました。
環境(自然)・歴史(文化)とそこで真摯に生きている人々の生活が地域の魅力となっています。既に、魅力は存在しているのです。
その魅力を、どにのように発掘し、どうPRするかが課題でしょう(06.07.23)。

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06-097 もてぎ地元塾(第1日)

060971茂木の棚田に、通い始めて3年になります。
棚田ばかりでなく、山と森の中にあるミドリ一色の茂木の村にも惹かれています。
その茂木で3日間に亘る「地元塾」のワークショップが開催され、参加しました。
地元と都会との交流により、地元の気が付かない村の魅力を発見し、新しい視点で村興しをするという研修会を茂木地区を借り行ったものです。

060972翌朝から、廃校となった小学校を会場に行われました。
その後、各グループに分かれ、地元と都会の者がペアとなり担当地区を訪ねました。地区長の案内で地域を見物し、旧家を訪ね生活や昔話を聞きました。
地元の人々と親しく話をする機会はありませんので、全てが興味深い話ばかりでした。

060973午後からは、聞いてきた話を整理し、発表する準備をしました。
多くの話の中から興味のあるものを纏め、デジカメを貼って絵図を作成します。
見・聞き・写真を撮ったものを、纏めるのは楽しい作業です。
ブログ作成でその楽しさを味わっていますが、区長の案内で長老を訪ね、直接聞いたことを纏めるのは、ブログには無い本物の楽しさを感じました。
こんな地元密着の旅が出来たら、どんなにか素晴らしいことでしょう。

060974夜は、地元主催による盛大な晩餐会が開かれました。
地域興しをしている参加者との交流も、楽しいものでした。
ギター演奏により共に歌を唄い、飲み且つ食べ楽しい語らいが深夜まで続きました。(06.07.22)。

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06-096 サッチモ祭

060960「サッチモ」とは、ルイアームストロングの愛称です。
サッチモ祭は、ルイアームストロングを称えるジャズ・フェスティバルです。
元来、音楽には余り関心がありません。
どういう訳か、最近「音楽」に誘われる機会が多くなってきました。
今日も、恵比寿ガーデンプレイスで開催された第26回サッチモ祭に、誘われるままにやってきました。

060962会場の麦酒記念館に入ると、館内は立錐の余地のない賑わいで、熱気に溢れていました。バンドによる大音響の生演奏に圧倒されましたが、慣れてくるとジャズの小気味好いリズムが体中に広がってきました。
周囲を見ると子供から老人に到るまで、若い女性から熟年女性まで、多くのジャズ・ファンが演奏を楽しんでいます。
その明るさと、年齢層の厚さに驚きました。

060963「サッチモ祭」は、ルイアームストロング協会の主催です。
当協会は、当初ニューオーリンズの子供たちに中古楽器を送る活動をしていましたが、昨年のハリケーン「カトリーナ」の被災からチャリティー・コンサートに力を入れています。
我々の目的も、チャリティーに参加し、ささやかなカンパをすることでした。

060964祭後ビアーガーデンで出来立てのビールを楽しみながらも、ジャズの余韻に浸っているのを感じて驚きました(06.07.17)。

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06-095 マンモスからの警鐘

060951日本科学未来館で開催中の「マンモスからの警鐘」展(~9月3日)を見学。
マンモスが地上に生息していたのは、今から1万年程前の氷河期です。
そのマンモスが何故絶滅したのか。今、マンモスが発信している警鐘とは何か。
そんな思いから、この展覧会を覗いてみました。

そして、今、地球に起きている深刻な現実を知り衝撃を覚えました。
警鐘のヒントは、副題の「もえる森 とける大地」に込められています。
大規模なシベリアの森林火災と急速に進む永久凍土の融解が、地球の将来を暗示していると言うのです。
更に、マンモスが絶滅したのも、地球環境の変化ばかりではないようです。
人類が今何をしているのか、そして何をすべきか、を考えさせられる展示です。

昨年、愛知万博の目玉であった「ユカギルマンモス」を、再度借りて展示しています。その姿を、間近にジックリと見ることが出来ます。
しかし、今回の「ユカギルマンモス」は、極地環境の現実を訴えています。
現代に現れたマンモスからのメッセージを、真剣に受止めることが重要でしょう。再度見学の予定です(06.07.15)。

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06-94 発掘された日本列島2006

060941 恒例の「発掘された日本列島」展は、楽しみにしている展覧会(江戸東京博物館にて:7月23日迄)の一つです。
毎年、発掘された遺跡から、新発見のあったものを紹介するものです。
地道な発掘に基づく各時代の最新情報から、少しずつ新しい歴史が発見されている状況を、興味深く見学しました。

060942今回は、旧石器時代から近世までの48遺跡、約730点が展示されています。
見どころは、「鶴見山古墳(福岡県)<国内最大級・総重量400Kgの石人(武人をかたどった石の埴輪)が完全な形で発掘>」「百足塚古墳(宮崎県)<大和政権の祭祀を採用、中央との関連性が窺える>」「中原遺跡(佐賀県)<北九州に派兵された甲斐国防人の木簡が出土>」です。
九州での、新しい発見が相次ぎ注目されました。

060943また、特集として「遺跡でたどる国際交流」を取上げています。
縄文時代から中世に到る出土品から、その影響を18ヶ所の遺跡から紹介しています。
例えば、11世紀後半~16世紀末にかけて博多が日本最大の貿易港として栄えていた事を、博多遺跡群の多くの出土品から紹介しています。

060944当博物館の親切なサービスは、大変気持ちが良いものです。
研究員やガイドによる展示解説は勿論、「邪馬台国論争の現状は?」「縄文時代の特性は?」と言う、素朴な質問にも親切に応じてくれます。
館内の写真撮影(フラッシュ使用と一部美術品は禁止)を認めているのも、見学者には有難いサービスです(06.07.15)。


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06-093 もてぎ草取りツアー 第2日(田んぼ活動報告14)

060931第2日は、近くのカタクリの沢にある棚田の草取りです。
昨年復原に取組み、2年目となります。こちらは、更に山中なので、草はかなり繁茂しています。
細かい草がビッシリと覆っていましたので、田グルマで稲株の間を掘起こしました。初めての除草機の使用でしたが、効率を上げるために大いに役立ちました。

060932しかしながら、稲周りは手作業で取らねばなりません。それも皆の協力により、カタクリ沢の棚田の草取りも順調に進みました。昨日の作業で慣れたこともあり、1反近い棚田2枚を2時間程度で完了しました。

060934綺麗になった田んぼは、見ていますと大変に気持ちが良いものです。
この後も草は出ますが、その頃は稲の方が大きく育っていますので、もう草取りは必要ないでしょう。

060933雨模様の中、何とか降られずに草取りが出来のは幸でした。
炎天下となるよりは、涼しかったものの、汗でビッショリです。シャワーを浴び、今回の草取りはこれで終了です。
梅雨明け後、夏の陽射しで一気に実が入ることを願い棚田を離れました(06.07.09)。

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06-092 もてぎ草取りツアー 第1日(田んぼ活動報告13)

060921この茂木の棚田は、今、関東周辺の<冬・水・田んぼ>の活動拠点となっているところです。ここでは、環境や食の安全に関心を持つ人たちが、自由に参加し無農薬のコメ作りをしています。
半年間に亘りコメ・生きもの・自然の観察をしながら、田植え・草取り・稲刈り体験をしています。自然の中で、交流と田園生活を楽しんでいます。

060922山中の棚田ですので、田の草はかなり出ます。無農薬の田んぼのため、どうしても人手による草取りが必要です。
今日は、多くの方々の参加により、泊りがけで棚田の草取りを行いました。
農作業は皆でやると楽しいものだと、一連の草取りツアーで感じています。
機械化が進むにつれ、農作業は個人的な孤独な作業になってしまようです。
泥だらけになり、素足で土の感触を楽しみました。

060923夕食は、バーベキューです。新鮮な地元の野菜やアユを、自然の中で食べることほど、楽しいことはありません。ビールの味も格別です。昼の農作業の話しで盛り上り、話題も尽きません。

060924食後は、棚田でのホタル鑑賞会です。山間に飛ぶ幻想的な光の乱舞を、時間を忘れて堪能しました。
その夜、テントでは深夜まで談笑が尽きませんでした(06.07.08)。

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06-091 盛岡城を訪ねて

090911今回の旅の目的は、盛岡城を訪ねることでした。
今、最も心惹かれる旅は、かつて城があった街(城下町)を訪ねる旅です。
城址が残る街には、何百年にも亘る歴史が残っています。
戦乱や藩主の歴史にも興味は尽きませんが、何よりも多くの歴史が残されていることです。城そのものが無くても、城下町には史蹟・文化財・古い家並み・古民家・老舗等々をはじめ、文化・行事・伝統が残されています。

060912盛岡城の歴史や南部藩史は、ここでは省略します。
会津若松城・白河城と並んで東北の三名城址と言われるだけに、本丸・二の丸・淡路丸・三の丸の中心部には、堅牢な石垣が築かれており名城振りを残していました。
天守閣と思しき場所には、軍需資材となった銅像(日露戦争で戦死した42代南部利祥氏の像)の巨大な台座が敢えて残されていました。

060913城址の外れにある桜山神社の巨岩烏帽子岩(兜岩)は、宝大石として祭神となっています。その巨大さには驚きましたが、巨岩に神が宿るとして崇敬してきた先祖の思いに触れ、厳かな気持ちに打たれました。
また、北上川の上流には岩手山(南部富士)が望まれ、この美しい風景こそ啄木の原風景であることを感じました。
風景が人の心に大きな影響を与えることは、現地に立つことにより何時も実感しています。

060915市内には宮沢賢治・石川啄木・新渡戸稲造の石碑や面影が、到るところに残されていました。
文化財の保存建造物もそのままに利用されており、そこで生活をしている人々の息吹を感じました。

060914歴史の中で過ごした時間は、いつも濃厚に感じます。
僅か数時間の盛岡でのひとときでしたが、城址の石垣に刻まれた歴史を眺め、賢治や啄木に触れただけでも心が和みました(06.07.07)。


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06-090 サトウハチロー記念館

60901この展勝地の一角に、「サトウハチロー記念館」があります。
閑静で風光明媚な田園風景の中に、何故かあの豪放磊落なサトウハチローの記念館があるアンバランスに思わず覗いてみました。
そしてサトウハチローのことをほとんど知らなかったことを知り、その人柄と作詞に大いに興味をそそられました。
その人生は佐藤愛子(異母妹)の大河小説「血脈」に描かれており、そのドラマ「ハチロー 母の詩 父の詩」は、昨年NHKで放映されたとのことです。

0609021903(明治36)年、小説家佐藤紅緑の長男として東京牛込に生まれる。西条八十の門弟となり作詞に取組む。童謡集「叱られ坊主」が文部大臣賞受賞。
落第3回・転校8回・勘当17回の不良少年。アル中・ニコチン中毒の不良おやじ(自称)。波瀾万丈の70歳の生涯でした。

060903ハチローが、「小さい秋みつけた」「うれしいひなまつり」「めんこい仔馬」等の童謡、「りんごの唄」「長崎の鐘」「うちの女房にゃ髭がある」「もしも月給が上がったら」「二人は若い」等の懐かしい流行歌の作詞家であることを知りました。
最近、作詞家・作曲家・歌手の関係に関心を持ち始めたところでしたので、思わぬ発見に喜びました。

060904また詩集「おかあさん」では、多くの母の詩を残しています。
その詩は、風貌と行動からは想像も出来ない心の優しさに溢れています。
八チローの業績を顕彰し、北上市では毎年「お母さんの詩」全国コンクールの募集をしています(今年は9月6日迄)。

060905記念館の入口には、東京文京区から当地への不本意な移転の経緯が掲載されています。
ハチローにとっては、縁もゆかりもない当地への転居は、思いも寄らないことでしょう。そして、当地での新たなる展開に戸惑っているのではないでしょうか(06.07.07)。


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06-089 みちのく民俗村

060891北上市街の東側を、北上川がゆったりと流れています。珊瑚橋を渡った下流域は展勝地という桜の名所となっています。その山側に「みちのく民俗村」があります。

060892その道を更に上ったところにある珊瑚岳・国見山には、かつて極楽寺という東北最大級の寺院があったところです。堂塔36・東谷400坊・西谷300坊を有する一山霊域となっていたとのことです。
平安末期には西行法師が、江戸中期には菅江真澄が訪れた記録が残されています。現在は、その一部に極楽寺・安楽寺・如意輪寺の寺院が残存しています。

060893この「みちのく民俗村」は、北上川流域の20棟余の古民家や歴史的建造物を、移築・復元した公園となっています。
田んぼや林の中に、藁葺き屋根の豪農の家が点在する集落となっています。江戸時代の農村に入り込んだような、のどかな風景です。

060894先月、佐倉で見学した武士の居宅と比べても、材料・広さから遥かに豊かさを感じました。
窓に税金がかかるので、明り窓しかない建物もありますが、重厚な木材には豊かさが現れていました。
豪農の威力は、想像以上に大きなものがあったものと思われました。

060895中でも、北上市口内町から移築された旧菅野家住宅は、古文書も多く残されており国指定重要文化財となっています。大肝入りを務めた家で、苗字・帯刀・門が許され立派な薬医門のある最上層の農家です。

06896園内には、国登録文化財となっている黒沢尻高等女学校旧校舎が移築され、民俗資料館として活用されています。大正時代の木造洋館ですが、女子教育にかける当時の思いが伝わってくるようでした。
展示物も生活の香りがするもので、最近まで使い大切に保存されてきものばかりでした。

060897「みちのく民俗村」のメインは、「北上市立博物館」「埋蔵文化センター(発掘調査研究:非公開)」です。「北上市立博物館」では、平安時代の寺院・遺跡の多さから北上の歴史の深さを知りました。
東北の地にも千年以上の歴史が至る所に残されており、日本の歴史・文化の奥の深さに感動しました(06.07.07)。

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06-088 えさし郷土文化館

060880えさし藤原の郷」は時代考証に基づく再現建物としては大掛かりなものですが、歳月・風雪を経た歴史の重みにはどうしても欠けます。
その江刺の古い歴史は、隣接の「えさし郷土文化館」で学ぶことが出来ます。両者を見て、江刺の歴史が理解できる仕掛けになっているようです。

060881最近、益々「郷土館」や「史料館」を素通り出来なくなっている上、より藤原氏の歴史を知りたいと、「えさし郷土文化館」を訪ねました。
そこには、現地でしか知りえない地元の深い歴史と熱い思いが溢れていました。
思わぬ観音像との出会いもありました。

060882最初に目に付いたのが、「江刺の農業紹介ホール」です。
「反町遺跡」からは弥生時代の水田跡・「兎Ⅱ遺跡」からは籾痕のある土器が発掘され、岩手県内でも古くから米の生産が行われていたことが紹介されています。
また、米どころとして、「江刺金札米」の改良史が詳細に綴られています。

060884藤原氏は仏教による「戦のない平和な国家・社会」の建設を目指し、「中尊寺」「毛越寺」「無量光院」を建立しました。
更に、「金銀字一切経」5390巻の写経を作成しています。当地「益沢院」にて千人の僧侶が8年の歳月を掛けて写経したものです。その費用は、今日の数十億円に相当する由。同写経は秀吉により持出され、現在も高野山にその8割が所蔵されているとのことです。
その「一切経」(国宝)の見事な複製やその他の所蔵文化財が展示されています。

当館「奥の院」にある、「中善観音101体(市有形文化財)」は圧巻です。
江戸時代中期の鈴木家四代に亘り、調えられた観音菩薩像です。代々自宅に祀ってきた「西国(33)」「坂東(33)」「秩父(34)」の全観音像(大観音像を含む)の散逸を防ぐため、当館が預託・公開しているものです。

「観音さまは33の姿に変身して、人々の苦しみや悩みを救う」という観音信仰から、寺社33ヶ所巡りは現在でも盛んに行われています。各地の巡礼をしているところから、特に「中善観音」に関心を持ちました(06.07.06)。

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06-087 えさし藤原の郷

060871_1江刺は、歴史の宝庫です。旧石器・縄文時代の遺跡も多く、2万年位まえから人々が住みついたと言われています。
大和朝廷からは独立した「蝦夷」と呼ばれる先住民族が居住してきましたが、再三に亘る朝廷による征討が行われ、801(延暦20)年、征夷大将軍・坂上田村麻呂10万の征夷軍に滅ばされました。
その後、「前九年合戦(1051~1062年)」で安倍氏が亡び、「後三年合戦(1083~1087年)」で藤原氏が実権を握り黄金文化の花を開きました。
その藤原四代も源頼朝により滅亡され、100年の栄華を終焉します。

060872当時の藤原氏の栄華を壮大なスケールで現代に甦えらせた平安絵巻の郷があると言うので、観光案内に誘われるままに歴史公園「えさし藤原の郷」にやって来ました。
パンフレットよりますと、「厳格な時代考証に基づき、東北古代の城柵から藤原清衡等の居館・豊田館をはじめ奥州藤原氏の政庁、秀衡の居館・伽羅御所、黄金文化の象徴である金色堂などを本格再現」したものとのことです。

060873NHK大河ドラマ「炎立つ」の建物・野外ロケ地を、そのままテーマパークにしたもので、その後もNHK大河ドラマ「花の乱」「秀吉」「義経」をはじめ、映画「陰陽師」等、数多くの映画・テレビ番組のロケ地として使われています。「ロケ資料館」に、その詳細が展示されています。
約20万haの広大な園内を見学するには、誰もいない庭園・館内を歩くだけでも2時間を要しました。
朱塗りの政庁・東北特有の様式である城柵や当時の金色堂は、他ではみられないものです。

060875週末・季節毎にはイベント・祭で賑わうとのことですが、平日の誰もいない静かなテーマパーをたっぷりと楽しみました(06.07.06)。

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06-086 江刺の草取りツアー第2日(田んぼ活動報告12)

0608616月から始まった「草取りツアー」も、今回の江刺で一段落です。
いろいろな田んぼを見て、地域・状況・場所により土・草・生きもの種類・状態が、全く異なることを学びました。
何よりも、多くの熱心に環境問題に取組んでいる農家の方々と、親しくなったことが最大の収穫です。今後の<冬・水・田んぼ>運動の、強力なネットワークとなることでしょう。

060862それにしても、<冬・水・田んぼ>を普及させることは至難です。出来れば取組が始まった地点から、波紋のように広がれば草取りツアーも遣り易いのですが、なかなか思うようには参りません。
一年中、水が張れる水田がないことがその要因ですが、健康・食・環境に関心を持つ生産者がまだまだ少ないことを感じました。

060863しかしながら、<冬・水・田んぼ>の飛び地である江刺から、新しい<冬・水・田んぼ>活動が始まる兆しを感じています。
I さんの地味な取組が、周囲の農家の関心を呼び始めたからです。I さんの息子さんも、父の農法を継ぐ熱い決意を語ってくれました。
江刺の新しい変貌と来年の再会を楽しみに、江刺の町を離れました。

060864温泉と酒の草取りツアーは、参加・交流型の新しいワーキング・ツアーです。
同じ関心を持つ参加者同志及び地元農家の方々との交流は、共感・感動を通じて深い心の繋がりへと発展しつつあります(06.07.06)。

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06-085 江刺の草取りツアー第1日(田んぼ活動報告11)

060851 <冬・水・田んぼ>の草取りツアーで、とうとう岩手県までやって来ました。
三沢市と江刺市と周辺3町村が合併し、2月から奥州市となりました。三沢市は三沢区、江刺市は江刺区と大都会並の名称となりました。
しかしながら、東北新幹線「水沢江刺」駅は田園風景の真っただ中。訪れたIさんの田んぼも、原野に囲まれた丘陵地にありました。

060852晴れれば早池峰山も見える高台からは、雨雲の下に見渡す限り田んぼが広がっていました。
たくさんの田んぼを見てきましたが、これほど自然と生きものに溢れた田んぼは、見たことがありません。トンボ・カエル・チョウの小動物や草花は勿論、200万匹(反当たり)を超えるイトミミズがいます。夏の朝、クモの巣で田んぼ一面が白く覆われた、Iさんの写真は余りにも有名です。

060853自然のままの田んぼには、雑草がビッシリと覆っています。
しかし、Iさんは全く気にしていません。「今年は未だ草取りの為に、田に入っていない。必要ないし、無理して体を壊しは意味がないからだ」と言います。
土が完成すれば、草が生えなくなるのを知っているからでしょうか。既に、草が減り始めた田んぼもありました。
その田んぼの草も「取らないで良い」とIさんは言いますが、草取隊としては折角来たのだからと草取り開始。相変わらずIさんは、「草が有っても無くても、コメの収量には関係はない」と言っています。

060854草取りが、こんなに楽しい田んぼもありません。
柔らかい土に取り易い草。お喋りを楽しみながら、時折振り返ると田んぼはドンドン綺麗になって行きます。気持ちの良い空気と土に癒され、4枚ほどの田んぼに時間を忘れて熱中しました。
「おやつ」は、ほおの葉の上の乗せてた「お赤飯と野菜の煮付け」。珍しい「濁り酒?」も出ました。楽しい農作業後の一時です。

生きもの調査後、温泉で汗を流し地元農家の歓迎交流会に臨みました。
岩淵成紀先生による、[生きもの調査の意味][生物多様性を活用した農業]についての講義が行われました。慣行農家の方々も、関心を持って聞いていました。私たちにとっても、<冬・水・田んぼ>の理論を学ぶ貴重な機会です。
宿に戻ってからも、先生との久しぶりの再会を歓び深夜まで勉強会が続きました(06.07.05)。


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06-084 丹沢山歩

060841_1久しぶりに、丹沢の山歩きに出掛けて来ました。
丹沢は、尾根歩きや沢登りを始めた青春の想い出の山です。
が、以来ほとんど登ることはありませんでした。
リタイア後の山行再開の手始めに、「青い山脈」の夢を辿ろうとしたものです。

060842遅出の為、秦野に着いた時は、既に午前中一本のヤビツ峠行きのバスは出た後で、山麓の蓑毛までしか行けませんでした。
お蔭で、登山口の県指定文化財「大日如来」秦野市指定文化財「木造聖観音菩薩立像」「五智如来坐像」所蔵の宝蓮寺を参拝することが出来ました。
新緑の美しい木々の下、歩き易い山道を楽しみながら半日をのんびり歩きました。
平日のため出遭った人は4人で、皆シニア世代でした。

060843下山の途中、山崩れのために道に迷いヤビツ峠に向う車道に出てしまいました。
困り果てていると、林道工事の若者が、誤った分岐まで20分程クルマで送ってくれました。
更に、真夏の炎天下、ご馳走になった冷蔵庫の冷水の味は忘れられません。山中での親切に、心から感激をしました。

060844丹沢の自然は、40年前とほとんど変わっていませんでした。
そして、渋沢駅ではバスで大倉まで忘れ物を取りに行くのを親切な運転手に助けられたり、鶴巻温泉では終い風呂に快く入れてもらったり、これ又40年前と変わらぬ人の心と触れ合うことが出来ました。

060845ただ山行後、温泉で汗を流しビールを飲むと言う楽しみは、生への歓喜・感謝へと変わりつつあるようです(06.07.03)。

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