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06-083 日本語交流会

06521_1日本語教師の勉強を、始めてから3ヶ月になりました。
当たり前に使っている日本語が、随分いい加減なものであり、改めて違いを聞かれると、説明が出来ないことがたくさんあることに気付かされています。
更に、輪を掛けているのが、日本語の乱れです。
日本語の難しさを、改めて知り却って混乱しています。
正しい日本語を話し、且つ書くことは、これからのシニア世代の重要な教養でしょう。
その意味から、大変に勉強になっています。

060832日本語教師の勉強は、異文化を学ぶことでもあります。
必要ないとは言われましたが、学習者の日常的な言語も学ぶ必要もあります。
本格的な取組が必要で、気軽に始めたことを後悔しています。
こんなことでは、一年間の課程を卒業できるのか心配になります。

060833そんな中、海外学生との交流会が開催されました。
お互いに未だ言葉は通じませんが、何とか心は通じ合ったのではないかと思います。
とは言いましても、各国の料理を食べ、民族音楽を聴いたに過ぎませんが…
この学校では日本語授業だけでなく各国言語の授業もあり、参加者の中には既に他言語の日常会話を楽しんでいるシニア世代がたくさんいることを知り、関心を持ちました。

060834一年後に、どんな世界が始まるのか楽しみです。
この1~2年、集中的に行動をしているのも、今後の生き方を求めての行動です。
この行動の中から、与えられた使命とゴールデン・ライフを見出したいと思っています(06.06.30)。


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06-082 郡山草取りツアー 第2日(田んぼ活動報告10)

060821_1福島県郡山市のこの一帯は、大変裕福な土地のように思われました。屋敷林の中には、囲炉裏の煙出し屋根が付いた大きな農家が散見されます。
今回宿泊させて頂いた民家は、「いなか体験交流協議会」の会員宅で、必ずしも農家ばかりではありません。
2~3人に別れ分泊。その夜は更に、それぞれに楽しい一時を過ごしたようです。私たちはかつての豪農の家に泊めて頂きましたが、まるでホテルのようでした。心暖まるもてなしに、大変に感激をしました。

060822_1朝食後、宿泊先から会館に集合。
バスで少し離れた4人の若者がやっている<冬・水・田んぼ>に移動し、早速草取りを始めました。曇り空ながら、雨の心配はないようです。
一見、草は余り見えませんが、中ほどに行くと、田の草で真っ黒になったところがあります。今までになく、汗でビッショリになるほど草取りに熱中しました。
午前中の草取り後、近くの温泉で汗を流しました。グランド併設の、山あいの素晴らしい公共の温泉施設です。

060823_1主婦の皆さんの手作り料理による、大パーティーが地元集会場で行われました。
コメ食味コンテストで上位3位を独占したコメだけに、お握りの美味しさは格別です。また、珍しい山崖に生えた竹の子の料理・猪苗代湖のウグイの塩焼き・地酒など、心を込めた料理に感激しました。
都会からの初めての草取り交流とのことで、村を挙げての歓迎会です。ビールを楽しみすっかり寛ぎました。

060824_1このように、草取りをダシに、温泉と交流・手料理を楽しんでいるのが現実です。今回も、お土産をたくさん頂き、楽しい2日間を過ごしました。
なお、主催者のNPOの為に付言しますと、目的の「生きもの調査」「田んぼのデータ収集」は毎回計画通り実施され、その結果が会場で報告されています(06.06.25)。

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06-081 郡山草取りツアー 第1日(田んぼ活動報告9)

060811田の草の繁茂シーズンのため、各地の草取りボランティアに追われています。今週末は、福島県郡山市にやって来ました。
美しい田園風景の先には、奥羽山系が横たわる素晴らしいところです。
梅雨の真っ最中ですが、今回も暑いくらいの陽射しとなりました。

060812地元歓迎の昼食会の後、早速草取り開始です。
最初のNさんの田んぼは、「ハクチョウの田んぼ」として有名です。
<冬・水・田んぼ>にしてから、冬はハクチョウが渡来するようになりました。
お蔭で、田んぼのあちらこちらにハクチョウが掘った大穴が出来たり、畦を崩されたりの被害を蒙っていますが、Nさんは全く気にしていません。
ハクチョウの鳥耕により、草も多いように思われました。

0608133時間ほど作業をしてから、近くのMさんの田んぼに移動しました。
この田んぼも、ハクチョウがやってきます。NさんとMさんの田んぼ以外は、ハクチョウは来ません。農薬を使用していないことを、ハクチョウは知っているのです。このような自然溢れる生きものいっぱいの田んぼを、大いに広めて行きたいと思っています。その代わり、澄んだ田の中には、たくさんの水草が溢れていました。少しでも手伝いになればと、草取りに励みました。

060814草取り後は、近くの休石温泉で汗を流し、交流会となりました。
卓上には、農家の主婦が腕によりを掛けた地元料理が、ところ狭しと並べられました。農作業の後、風呂上りに飲むビールの味には、何時もながら感激です。
これが、楽しみで草取り手伝いをしているようなものです。
夜が更けるまで、都会と農村の交流を心行くまで楽しみました。
宴後、山あいの水辺を飛ぶ幻想的なホタルを鑑賞。郡山の想い出は一層印象深いものとなりました(06.06.24)。

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06-080 大地の芸術祭 「越後妻有アートトリエンナーレ」東京集会

060801「大地の芸術祭」が、7月23日(日)~9月10日(日)の50日間、新潟県十日町市・津南町で開催されます。
3年毎に開催されるこの芸術祭には、今年は美しい山・川・棚田・里山・集落が点在する760K㎡の広大な地域の中に、40ヵ国・200組の芸術家の作品が制作・設置されます。
空前絶後の、この壮大な芸術祭の開催PRの集会に参加し、その熱気に圧倒されました。

060802空き商店や廃屋を利用し、330点のアートで芸術家の思いが表現されます。
単なる芸術品の展示に留まらず、能舞台こけら落としのための能狂言公演・いけばな里山学校・地球環境セミナー等の他、環太平洋楽コンサート・世界太鼓フェスティバル・着物ファッションショー・新文楽・新ダンス等々が開催され、集落中があらゆる芸術・芸能で埋まります。

060803会場は、歩いては見ることが出来ないため、ガイド付きバスが運行されます。
とても、この芸術祭の全貌を説明することは出来ません。司会者が、解説出来ない破天荒な作品も多数ありました。芸術とは、感じるものなのでしょう。
何か、新しい未知との遭遇がありそうで面白そうです。

060804特に関心を持ったのが、松代(まつだい)の棚田です。山あいの田んぼのほとんどが棚田で、その景観は日本一とのことです。この棚田や里山を背景に、アートが演じられます。
更に、温泉は有馬温泉・草津温泉と並ぶ日本3大薬湯の一つとの由。
これだけPRされては、行かないわけにはいきません。早速に、入場パスポートを購入し宿を予約しました(06.06.23)。

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06-079 雑司が谷文化人村

060791暇があれば、地図を片手に都心の史跡・文化財を求めて、未だ行ったことのない街を歩いています。日没となれば終了し、続きはまた暇が出来たらそこから始めます。特に、目的もなく時間に追われることもなく、足の向くままに歩いています。路地・緑地・寺院・木造家屋があると、自然にそちらの方に向っています。

060792梅雨の雨が上がったところで、前回(06-076)の目白台の続きを歩き始めました。不忍通りを越え菊池寛記念館と旧マッケーレプ邸(雑司が谷旧宣教師館)に向いました。この辺りは緑も多く、懐かしい戦後の木造住宅も残され、閑静な住宅地となっています。特に、旧宣教師館のある周辺は、今も緑や古い大きな民家が残され、東京とは思えない静けさが漂っていました。

060793<菊池寛記念館>
菊池寛の旧宅には最近まで「菊池寛記念館」がありましたが、四国高松市に移転したとのことで、「旧宅の碑」がポツンと残されていました。その跡地はマンションとなっており、期待していた文化村の中心は失われていました。
実は、大正時代の旧雑司が谷地域には、多くの童話作家・文化人・画家などの文化人が住んでいました。菊池寛の他、坪田譲治・中条百合子・鈴木三重吉・羽仁とも子・小川未明・窪田空穂・長沼智恵子・秋田雨雀等々が居住しており、その面影を訪ねて来たものです。
また、子供の自主性や個性を重視した私立学校、作家を大切にする雑誌社が建てられる等、文化的な地域でした。今でもその多くの学校・雑誌社があり、その雰囲気は感じることが出来ました。

060794<旧マッケーレプ邸(雑司が谷旧宣教師館):都指定有形文化財>
1907(明治40)年、アメリカ人宣教師・Mマッケーレプが建てた木造2階建ての洋館です。19世紀後半のアメリカ郊外住宅の典型で、マッケーレプは1941(昭和16)年に帰国するまで、34年間住んでいました。
今年3月に修復工事が完了し、銅板葺きに葺き替えられられました。建築当初は鉄板葺きでしたが、錆び易いため敢えて銅板葺きにしたとのことです。時間外にも拘らず、入館を許されたのは教会の施設故でしょうか。
お蔭で、誰もいない静かな邸内をユックリと見学しました。
ミドリに囲まれた真新しい洋館で、思わぬ静かな時を過ごすことが出来ました(06.06.21)。

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06-078 栃木県大田原の草取りツアー 第2日(田んぼ活動報告8)

060781早朝、誰もいない温泉に入り、昨日のアルコールを醒ましました。
8時から草取り開始です。午前中は、御用邸隣接の山の中のSさんの田んぼです。
3年目の<冬・水・田んぼ>で、未だ雑草も多く、本格的な雑草作業となりました。

A若いSさんは、一人でここで3枚の田んぼを作っています。
昨年は、ヒエが一面を覆っていたとのことですが、今年はほとんどがコナギ・オモダカ・クログアイ等の田んぼの雑草です。真夏には、雑草を取り切れなくなり、ギブアップとなるとのことです。この雑草を、一人黙々と取るSさんを思うと力が入ります。
我々のバスを見送った後も、一人で草取りに励むとの事で頭が下がりました。

B次に、訪問したのが、Iさんの田んぼです。
田植1ヶ月余を経た田んぼでは、分ケツが始まり確りした稲が美しく育っていました。<冬・水・田んぼ>の抑草効果から、ほとんど雑草はありませんでした。特徴的なことは、昨日のMさんの田んぼより土が固いことです。
大変に気持ちの良い田んぼですが、生きものはやや少ないようでした。

D大して草取り作業をする間もなく、昼食となりました。手製の野菜・料理で、昼からビールで宴会です。雨が降り始め、宴は益々盛り上りました。
どこでも農家の方々に大歓迎され、少しでも歓ばれたことを感じました。
毎日2~3人でしている草取りを、20~30人で遣れば2時間程度でも少しは役に立ったのかも知れません。

E草取りツアーだけに、いろいろな田んぼでの草取りを体験することが出来ました。場所や取組方によって田んぼや雑草の状況が、大きく異なることを知りました。農薬を撒かずに頑張っている農家の人々が、たくさんいることも知りました。
その農家の最大の悩みが、草取りです。近くの学校や会社で、草取り手伝いの仕組みが出来ないものでしょうか。

帰りのバスの中も、宴会の続きです。ウイスキーと歌で、楽しい時間を過ごすうちに順調に東京に到着。運転をされたOさんに、心から感謝します(06.06.18)。


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06-077 大田原の草取りツアー 第1日(田んぼ活動報告7)

060771栃木県大田原周辺の農家の草取りに、泊りがけで行って来ました。
梅雨の真っ最中ですが日中は青空も出、那須野が原のミドリ美しい自然の中で草取り作業をすることが出来ました。
先週の佐渡に続いての作業でしたので、状況を理解していた積りでしたが、また改めていろいろなことを学ぶことが出来ました。

060772最初に訪れたSさんの田んぼでは、今までとは異なる草取りの大変さを教えられました。
苗株の間は除草機で綺麗に草取りが行われており、雑草が全く生えていないように見えました。
ところが、15cmほど伸びた苗株の周囲にはヒエがビッシリと生えているのだと言います。コメとヒエの区別は、全く素人には出来ません。固さ・茎毛・葉が違うと教わりましたが、幾ら見てもその違いが分かりません。

060773素人にはその区別も付かないほど稲に擬態したヒエも、プロが見れば揺れ方・光り方で、瞬時にその違いが分かるのだそうです。
何度も稲苗を抜いてしまい、植え直す始末です。最後までヒエの区別出来ず、作業が進まず困りました。一時間で、数mも草取りが出来ません。

060774午後から訪ねたMさんの田んぼでは、<冬・水・田んぼ>の素晴らしさを実感しました。10年の<冬・水・田んぼ>による抑草効果に成功し、草がほとんど生えていません。理想的な田んぼに、到達しているように思われました。
この田んぼは生きものが豊富で、却ってトロトロ層が出来すぎて困っているとの事です。
無農薬農法によるトマト・キュウリ・ニンジンも栽培しており、その美味しさに驚きました。

060775夕食会が、Mさんの農場で行われました。近くの那珂川の鮎と取立て野菜のバーベキューで飲む、ビールの味は格別です。餅つきや花火による心からの歓待を受け、参加者は皆、大感激でした。
その後、「源泉掛け流し5つ星」の大鷹の湯で汗を流し、深夜まで飲み且つ語り合いました(06.06.17)。


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06-076 関口芭蕉庵周辺

060761文京区目白台の高台に、緑豊かな一角があります。
忘れ去られたような不思議なほど静寂な地区ですが、ここには江戸から明治の歴史がそのまま残っています。
山縣有朋(内閣総理大臣・陸軍大将)の別荘であった「椿山荘」と田中光顕(学習院院長・警視総監・宮内大臣)の別荘「蕉雨園」は、地続きで繋がっており明治の重鎮が隣接居住していたところです。
その隣は、広大な細川家下屋敷・抱え屋敷でした。その跡には、現在も広大な緑が多く残されています。

060762<関口芭蕉庵>
 芭蕉が、深川芭蕉庵に居住するまでの4年間(34歳~37歳)、神田上水の改修工事の監督をしていた頃に住んでいた庵です。東京空襲で焼失しましたが、戦後再建され、池や鬱蒼とした庭園には昔日の面影が残っています。庭内には、芭蕉堂(芭蕉・其角・嵐雪・去来・丈草の像を安置)や句碑があります。入園無料。

060763<蕉雨園>
明治の「厳格な書院造りと数奇屋風デザインの和風建築」とのことですが、非公開のため内部を知ることは出来ません。重厚な門・長い塀・大屋根からその片鱗が窺えます。その一角に地続きの芭蕉庵が、ひっそりと建っています。

060764<永青文庫>
静寂な細川家の元屋敷跡に建つ博物館。700年余の歴史を持つ細川家の歴史資料・美術品等を保存・研究。国宝8点・重要文化財31点を所有し年4回、美術工芸品展を開催。

060765<新江戸川公園>
細川家下屋敷の庭園を公園としたもので、当時の面影がそのまま残されています。目白台地を神田川が浸食した斜面を利用した、樹木に覆われた回遊式泉水庭園です。園内の集会所は、元細川家の学問所の「松声閣」です。入園無料。

060766<講談社野間記念館>
講談社初代社長野間清治が収集した、美術工芸品「野間コレクション」を中心に5000点を所蔵。また、明治・大正・昭和期の貴重な出版文化遺産を保存。旧社長邸を改装した美術館。芭蕉庵・蕉雨園は当社所有。

平日の昼下がり、気になっているところを一つ一つ埋めていく散歩は楽しいものです。思いも寄らぬ、静かな心休まるひとときを過ごすことができました(06.06.14)。

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06-075 佐渡草取りツアー 第2日(田んぼ活動報告6)

060751昨日の草取り後は、温泉に入ったり、海の幸による大交流会で楽しい一時を過ごしました。その席でカンゾウの花見に誘われ、今朝は5時起床して出発です。
最北端の大野亀一帯の海岸がカンゾウの群生地となっており、今がその最盛期でした。その美しさに、農家の方のもてなしの心が伝わってきました。

060752昨日は、2軒の農家の田んぼの草取りをしました。
朝食後、早速、3軒目の田んぼを訪れました。何れも思ったほど草が生えておらず、どれだけ役に立ったのか分かりません。今時珍しいカキやイチゴをご馳走になったり、却って迷惑を掛けたのではないかと思っています。
このように、この草取りツアーは全てが、農家・参加者・主催者のボランティア活動によって行われました。

060753作業後、トキ保護センターを見学。トキの生態・現状・歴史を学びました。
放鳥に向けての地区整備も進んでおり2年後が楽しみですが、農家の方々はそれからが本番です。その真剣な取組を知り、心から感動しました。
<冬・水・田んぼ>や我々の活動が、このために少しでも役立つならこんな素晴らしいことはないでしょう。

060754そして、佐渡の独特の歴史と文化にもすっかり魅了されました。
寺院・能舞台・城址・史跡が多く、改めて歴史・文化に触れて見たいと思っています。梅雨の中、心配した天気にも恵まれ、佐渡草取りツアーは、収穫の多い旅となりました(06.06.11)。


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06-074 佐渡草取りツアー 第1日(田んぼ活動報告5)

060741佐渡の田んぼの草取りツアー(一泊二日)に参加しました。
無農薬の田んぼでは、草取りが最大の課題です。
除草剤を撒けば事は簡単ですが、無農薬のコメに拘る以上、一滴の農薬も入れるわけにはいきません。種もみの消毒も苗箱の化学肥料にも、一切の薬剤を排除しています。無農薬のコメを食べるためには、草取りは避けられない作業です。

060742草取りは農家の仕事であるとして、今まで消費者としては何の手伝いもしてきませんでした。
無農薬農家の最大の悩みである草取りの手伝いもせずに、田植と稲刈を楽しんで手伝いをしている気持ちになっていました。
草取りも皆でやれば、意外に楽しい共同作業でした。
今後は、草取りこそ<冬・水・田んぼ>の最大の活動目標であることを実感しました。田に入り水をかき回すだけでも、苗が悦んでいるように思いました。

060743『田の草フォーラム』(06-013)で「草は田んぼの味方である」と学んだために、草は取る必要がないと勘違いしていました。
ナエが小さい時は、養分を草に取られたり日影になったりします。草の生長の方が逞しく早いので、草取りは必要です。
ただ、<冬・水・田んぼ>のせいか、草は思ったほどありませんでした。

060744一面ミドリに覆われた佐渡・国中平野の田園地帯は、自然溢れる美しい風景でした。昔のままの田園風景が、そのままに残されていました。
100羽になったトキも、2年後にはいよいよ放鳥が始まります。トキが生活出来る<冬・水・田んぼ>を、もっと広げる必要があります。
佐渡の草取りツアーは、コメ作りへの関わりを一段と深めたようです(06.06.10)。

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06-073 日枝神社 山王祭

0607316月7日より16日までの10日間に亘り、日枝神社の山王祭が開催されています。山王祭は神田祭と並び、三代将軍徳川家光以来、江戸城内に御神輿の入御が許され、歴代の将軍が上覧拝礼する「天下祭り」 として盛大に挙行されてきました。

060733今年の日枝神社山王祭は「表」に当たり、盛大な神幸祭が執行されました(神田祭は今年は「裏」、2年毎に交互挙行)。
神幸祭(9日金曜日)は祭最大の盛儀で、優雅な格調高い御列が都心(千代田区・中央区)の氏子町内を10時間近くを掛けて巡幸しました。

060732御列は御鳳輦二基・宮神輿一基・山車三基に、王朝装束に威儀を正した供奉員総勢約500人、600メートルに及び、華麗な王朝絵巻が繰り広げられました。
途中、坂下門では参賀・神符献上が行なわれました。

060734雨天の平日とあって見物人の少ない静かな巡行でしたが、行列や境内での儀式を間近に見ることが出来ました(06.06.09)。


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06-072 堀切菖蒲園・向島百花園

060721堀切菖蒲園は、江戸時代から花菖蒲で有名な庭園です。
その美しい風景は、広重や豊国等の錦絵の題材となっています。
江戸時代後期に小高園が開園し、明治には武蔵園・吉野園・堀切園・観花園が開園され、堀切は菖蒲の里となりました。
現在の堀切菖蒲園は、堀切園の一部を都が1960(昭和35)年に入手し都立公園とした後、1975(昭和50)年に葛飾区に移管されたものです。

060722「満開の花菖蒲」
花菖蒲の最盛時を迎えた堀切菖蒲園を訪ねました。
約8千平方メートルの敷地に、約200種類6000株が満開の花を付けていました。
観光バスが着くたびに、園内は満員の状況です。
江戸時代の庶民の生活の一部となっていた花を愛でる習慣が、今も日本人の心の中に連綿と受継がれていることを実感しました。

060723「荒川風景」
そこから荒川沿いを下り川を渡り、向島百花園まで一時間ほど歩きました。
歩いてみて荒川の大きさを実感しました。
元々は隅田川が本来の荒川です。今の荒川は、隅田川の洪水防止のために掘られた放水路です。
この辺りで綾瀬川が流れ込みますが、合流せずに中川として併流します。
この全部の川幅は、隅田川の3倍はあります。

060724芭蕉句碑「春もやや けしきととのう 月と梅」
向島百花園は、国の名勝・史跡に指定された庭園です。
江戸時代の町人文化隆盛時である文化・文政時代に、文人墨客の草花観賞の庭園として開園されたものです。
四季の花が咲き、特にフジ、ヘビウリ・ヒョウタン・カボチャ、ハギが有名です。
特徴は、芭蕉を始め、当時の文人29人の歌碑があることです。
向島百花園では、開放的で華やかな堀切菖蒲園とは異なり、木々に覆われた静かな庭内を、文人に思いを馳せながら鑑賞することが出来ました(06.06.08)。


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06-071 バルトの楽園

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試写会に招かれ、映画「バルトの楽園」を鑑賞しました。
内容も全く知らず、映画を見て初めてこの事実を知り深い感銘を受けました。
大正時代にこのような世界があったことを、世界中に知って貰いたいと、思いました。これが、日本人の本来の心なのだと、改めて思いました。
失ったこの美しい日本の心を、是非、取戻したいものです。

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映画の内容を詳述する訳には行きませんが、第一次大戦中にドイツ兵約5000名が日本の捕虜となりました。
その内の約1000名が、徳島県坂東捕虜収容所に収められました。坂東収容所での扱いは、捕虜としてではなく、国のために戦った英雄として遇され、自由な活動と地元との深い交流があったとのことです。ドイツ新聞も発行され、音楽会が開催され、ドイツの技術が紹介され、地元に大きな影響を与えました。

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鳴門市のHPから、その記念館である「ドイツ館」があることを知りました。
ドイツ兵俘虜達が作成した図書・写真・日用品等の当時の資料が数多く保存されているとのことです。収容所跡地は、「ドイツ村公園」となり慰霊碑が建っているとのことです。
当時の交流だけではなく、その後も慰霊碑を守ってきた地元の人々・元捕虜兵の来訪を通して今日に至るまで永い交流が続いているとのことです。

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「ドイツ館」HPのリンクから、更に驚くべき事実を知りました。
この奇跡的な話題は、坂東捕虜収容所ばかりでなく、千葉県習志野捕虜収容所(約1000人)でも同様であったことです。
この現実は、近々、習志野市を訪ね確認の上、報告致します(06.06.05)。


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06-070 小田原城

(06.06.04)


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06-069 修善寺の田植(田んぼ活動報告4)

060691
待望の修善寺の田植です。
昨年より2週間遅れですが、今が伊豆の田植時期です。途中の狩野川下流地域では、車窓から見る限り田起こしが始まったところでした。
昨年は、苗(5月連休が田植となる千葉の苗)の生長に合わせて田植をしたため、修善寺地区の田植より早くなってしまいました。
今年は、修善寺の田植に合わせ、周囲の田んぼととほぼ同じ時期に行うことが出来ました。

060692
冬・水・田んぼにして冬場も水を入れておきましたが、耕さないので土はかなり固めです。根にストレスを与え、根をシッカリと張らせる為には良いのではないか、と思っています。田植に少し力が要りましたが、浮き苗とならず苗をシッカリと植えることが出来ました。
毎年が勉強なので、いろいろな状況下で、試行錯誤で取組んでいます。昨年と比較して、どのような結果になるか楽しみです。

060693
昨年の自信から植付面積を5割増にしましたが、応援部隊のお蔭で順調に田植は完了しました。
事前の草取りや準備に、地元のMさんのご苦労は大変だったと思われます。
初年度と2年目では、経験があるだけに全てにおいて熟達しており、昨年に比べ見事な手際でした。
唯一、自然を相手の農作業だけに、日照と台風だけが気掛かりです。

昼食会が、いつもの楽しみです。
自分たちで採ったおコメだけに、そのオニギリの美味しさは格別です。
共同作業の後、各地の人たちとの交流も楽しみです。
今後は、草取り・稲刈を通して修善寺での田園生活を共に過ごすこととなります。
帰路は修善寺温泉で汗を流し、更に小田原で楽しいひとときを過ごしました(06.06.04)。


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06-068 佐倉を訪ねて

 佐倉藩の歴史を求めて、千葉県佐倉市を訪ねました。
佐倉藩では土井利勝と堀田家が有名ですが、13家24代の歴史を持った藩です。
13家(大半が1代・2代)は、武田(徳川)家・松平家・小笠原家・土井家・石川家・松平(形原)家・堀田家・松平(大給)家・大久保家・戸田家・稲葉家・松平(大給)家・堀田家(6代続き明治に)です。
老中・大老となる幕格の中心人物の入封・転封等が相次ぎ、藩主の入れ替えの激しい藩でした。
家康は佐倉城を江戸東方の守りとし重視、譜代大名を配した有力藩です。

060681旧堀田邸(さくら庭園)
最後の藩主堀田正倫が廃藩後居住した邸宅。明治時代の広大な上級和風住宅の典型。県指定名勝。大正天皇が皇太子時代に行啓訪問の際、増築した湯殿は、その時のみ使用の由。ガイド案内は懇切丁寧。

060682松林寺
藩主土井利勝が創建した寺。素朴な本堂は県指定文化財。利勝の父母・夫人の供養搭と古絵図も同文化財。

060683武家屋敷
「旧河原家」(県指定文化財)・「旧但馬家」(県指定文化財)・「旧武居家」の3棟を復原・公開しています。身分により、建坪・門・玄関・長押・畳の基準が決められていました。いずれも、当時の質素な武士の生活を窺うことが出来ました。

060684佐倉高等学校
長島茂雄氏が卒業した高校。最後の殿様堀田正倫の寄付による木造洋風建築校舎。別棟の地域交流施設には、藩校時代の蘭書・漢書の古書籍・資料を展示。

060685佐倉順天堂記念館
1843(天保14)年、佐藤泰然が開いた蘭医塾・診療所。現在の東京・順天堂大学の原点。多数の医学生の教育と先進的外科手術が行われたとのことです。県指定史跡。ガイドが熱心。

おはやし館
地元文化・伝統行事の拠点。秋祭りの山車は、里帰り中にて不在。高札を展示。

060686佐倉城址公園
佐倉城は、土井勝利が6年の歳月をかけて築城した広大且つ堅牢な城でした。石垣がありませんが、台地と自然を巧みに活かした城です。城址公園は今も深い谷と自然に囲まれ、その片鱗が窺われます。格調高い9つの城門を破壊した事が惜しまれますが、幸なことに古写真に残されていました。

国立歴史民俗博物館
前回訪問しましたが、今日は時間が無く割愛せざるを得ませんでした。改めて一日を掛けて、見学する積りです(06.06.03)。


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06-067 丸の内界隈

060711
 丸の内・大手町界隈は、今はビルラッシュです。
現在、20棟近い計画のうち半分程度が完成しており、来年から続々と高層ビルが立ち上がる予定です。更に、八重洲ツインビルや東京駅リニューアル工事が完成すると東京駅周辺は一変することでしょう。
周辺記録のために、時折、訪問を続けています。その一部を報告します。

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皇居東御苑を訪問。
宮内庁三の丸尚蔵館では、伊藤若沖(江戸中期の画家)他の「花鳥」展に立ち寄り、修復された美しい日本画を鑑賞。
9月10日まで漸次公開されますので、後日再訪の予定です。
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今回、本丸・中の門の石垣を補修工事中に、1703(元禄16)年の地震被害の補修工事を担当した鳥取藩3代藩主である「松平右衛門督吉明」の刻銘築石が出土、百人番所前の現場に展示中です。
庭園は新緑とツツジが美しく、都心とは思えない静けさです。

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お堀端にある明治生命館は、昭和の建物として初めて平成9年に重要文化財に指定。外観は、エンタシス様式の列柱が5層を貫き、重厚な美しい古典式建築です。内部も柱・床に大理石を用い、荘厳な雰囲気が漂います。終戦後は、アメリカ極東空軍司令部に接収され、対日理事会の会場として使用されました。

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東京駅の復元工事も始まり、2012年まで6年を掛けて建設当時の3階建てに戻し、円形ドームを再現します。このような東京駅の姿も見納めです。
大手町地区の連鎖型再開発も動き出し、21世紀本番に向けての東京中心部の本格的建設がいよいよ始まりました。日本経済復活のスタートとして、大いに期待したいと思います(06.05.28)。

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06-066 表参道

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 「甲州街道を歩く」ため新宿に集合しましたが、激しい雨で中止です。
止む無く、濡れずにすむ最近話題の表参道ヒルズと美術館に行くことに。
雨にも拘らず、竹下通りは、歩けないほどの雑踏。新宿駅の混雑も凄いもので、休日の都心の人出は晴雨には関係ないようです。
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表参道ヒルズは、オープン当時の混雑も一段落、歩き易いスロープを4階からウインドショッピング。同潤会アパートの中に、良くこれだけの空間が出来たものと感心しました。ブランド店は空いていますが、飲食店は長蛇の列です。
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ヒルズビルを出て、思いも寄らぬ新緑の木々や小奇麗な店舗を、珍し気に覗き込みながら、雨の裏参道をのんびりと歩きました。
原宿らしい雰囲気の漂うお好み焼き店にて、ワインで寛ぎ暫し大休止。
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目的の太田浮世絵美術館は、展示切替中にて残念ながら休館。そこで根津美術館に向ったところ、これまた大改造で平成21年まで休館中とか。
雨宿りの美術館巡りに振られ、結局、またビールを飲むことに。
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何時も寺巡りばかりしているからか、昼中のアルコールのためか、それとも華やかなファッション街のせいか、久しぶりの原宿・青山歩きは、何故か楽しい余韻が残りました(06.05.27)。

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06-065 田端文士村

馬込文士村(06-061)を訪ね、文学者・芸術家の交流生活を知りました。
そこで前から気になっていた、田端文士村を訪ねてみました。
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JR田端駅を出て左手方向、右手に、「田端文士村記念館」が目に飛び込んできます。その立派な建物に、地元が如何に積極的に田端文士村に取組んでいるかを感じました。
館内には、居住した文士芸術家の年表や住居地図・ビデオ・作品・原稿・手紙・書等が展示してあります。講演会や文化活動も盛んに行われています。
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文士村の居住者の多彩な顔ぶれに驚きました。
芸術家は小杉未醒(明治33年移転)、文学者は芥川龍之介(大正3年移転)を中心に仲間が集まり始めたようです。
彼らが転居して来る前からも、東京美術学校(現東京芸術大学/明治22年開校)に通う人たちが住み始めており、田端は日本の近代美術発展の原動力となったとのことです。
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主な著名人を末尾に記載しましたが、全貌は未だ分かっていないとのことで、「今日も一人判明した」(高野館長)とのことです。明治初めには農家数百人が住むに過ぎなかった農村に、閑静な田園風景を求めて人々が住み始め、明治後半から大正初めにかけて芸術文士村が型づくられ、濃密な文芸的交流が深まって行ったようです。
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2つの文士村を訪ねて、更に池袋・浦和の芸術家村、阿佐ヶ谷・鎌倉の文士村のことを知り、人の輪が芸術文化に如何に必要なものかを学びました。
今後は、この「田端文士村記念館」を拠点に文学の勉強をしたいと思いました。(06.05.24)。


<参考>田端文士芸術村の住人
芥川龍之介(小説家)・池田蕉園(日本画家)・池田輝方(日本画家)・池田勇八(彫刻家)・石井鶴三(彫刻家・洋画家)・石井柏亭(洋画家)・板谷波山(陶芸家)・岩田専太郎(挿入画家)・小穴隆一(洋画家・俳人)・太田水穂(歌人・国文学者)・岡倉天心(思想家・美術評論家)・押川春浪(冒険小説家)・尾山篤二郎(歌人・国文学者)・鹿児島壽藏(紙塑人形家・歌人)・鹿島龍蔵(実業家)・
片山 潜(社会運動家)・香取秀真(鋳金家・歌人)・香取正彦(鋳金家)・川口松太郎(小説家・劇作家・演出家)・北原大輔(美術評論家・画家)・北村四海(彫刻家)・北村声望(彫刻家)・葛巻義敏(小説家・評論家)・窪川鶴次郎(詩人・評論家)・久保田万太郎(小説家・劇作家・俳人)・國方林三(彫刻家)・栗原 信(洋画家)・小杉放庵(洋画家・歌人)・小林秀雄(評論家・小説家)・小山栄達(歴史画家)・齋藤素巌(彫刻家・洋画家)・佐多稲子(小説家)・サトウハチロー(詩人・小説家)・沢田正二郎(俳優)・四賀光子(歌人)・下島 勲(医師・書家)・高田浪吉(歌人)・高柳真三(法学者)・田河水泡(漫画家)・瀧井孝作(俳人・小説家)・竹久夢二(画家・詩人)・建畠覚造(彫刻家)・田辺 至(洋画家)・土屋文明(歌人)・堆朱楊成(漆芸家)・寺内萬次郎(洋画家)・内藤春治(鋳金家)・中野重治(詩人・小説家・評論家)・ぬまや ひろし(詩人・社会運動家)・野上豊一郎(英文学者・能楽研究家)・野上弥生子(小説家)・野口雨情(詩人)・野間清治(実業家)・野村万蔵(狂言師)・濱田庄司(陶芸家)・林 古渓(歌人・国文漢文学者)・針重敬喜(編集者・テニス選手)・平木二六(詩人・俳人)・平田禿木(英文学者・随筆家)・平塚らいてう(社会運動家・評論家)・広瀬 雄(教育者)・福士幸次郎(詩人)・堀 辰雄(小説家)・満谷国四郎(洋画家)・宮木喜久雄(詩人)・村上元三(小説家)・村山槐多(洋画家・詩人)・室生犀星(詩人・小説家)・森田恒友(洋画家)・山田敬中(日本画家)・山本 鼎(洋画家・版画家)・柚木久太(洋画家)・吉田白嶺(木彫家)・吉田三郎(彫刻家)・脇本楽之軒(美術史学者)・他

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